第12話 俯瞰
驚異的な跳躍力とスピードで、山の斜面を駆け上がるタイガ。
背中に背負われたユキナは、数分間が経過してようやく、その激しい動きに慣れてきた。
「……あの、タイガさん。いくつか聞いても良いですか?」
「ああ? なんだ?」
ユキナは、タイガの背中に揺られながら話しかける。
「頭を斧で割られて、首まで切り落とされたのに、どうしてタイガさんは生きていられたんですか?……私、いくらタイガさんがゾンビでも、さすがに死んでしまったかと思いました。」
タイガに背負われているユキナの目の前には、タイガの首と頭部があるが、今ではすっかりとその傷が治っている。……驚くべき再生力だ。
「まぁそれは、アイツらがオレの頭の中の寄生虫を、殺し切れなかったからだな。」
「頭を割られたのに、ですか……?」
「ああ。……この“フレンジーバグ”とかいう寄生虫は、強い再生能力を持っている。たとえ、ゾンビの頭部を攻撃して寄生虫にダメージを与えたとしても、中途半端なダメージでは再生してしまう様だ。」
「……信じられないほど生命力が強い寄生虫ですね。」
「そうだな。今までにも頭部を攻撃されたことはあったが、オレはこの通り死んでねぇ。……恐らく、頭を粉々に粉砕するか、脳から取り出して直接に寄生虫を殺すしか、ゾンビを殺す手段はないだろうな。」
ただでさえ、恐ろしい力を持つゾンビ。
その上、強い再生力を持ち、核となる寄生虫を殺し切る事も難しい。
これほどに厄介な生命力があるのなら、人類の約半数が死滅する原因となったのも、納得がいく話である。
「でも、タイガさんは首を切り落とされたのに、どうやって体を繋げたんです?」
「うーん……、それはなんつーかまぁ、オレが正気に戻った事がラッキーだった感じだな。」
「正気に戻ったことがですか……?どういうことです?」
「切り離された体を動かして、意識のある頭の方へ誘導したんだよ。」
「ええ!?切り離された体を、動かせるんですか!?」
「ああ。切り離された腕や足も動かせるぜ。……これも恐らく、寄生虫の能力なんだろうな。」
「……」
結局の話、ゾンビは頭部の寄生虫を完全に殺さない限り、殺すことができないという事である。
リクトが言った “ほぼ不死身” という表現は、的を得ていたのであった。
「あと、もう一ついいですか?」
「ああ。なんだ?」
「タイガさんはさっき、私の名前を覚えていましたよね。……正気を失っているときの記憶があるんですか?」
ユキナにとって、これは最も気になる点であった。
もし、タイガに正気を失っている時の記憶があるのなら、暴走時のタイガにも意識がある可能性がある。
……という事は、聖幸楽園の住人を惨殺した時も、タイガは意識があったのかもしれない。
ユキナは、罪の意識がタイガにあるのか?、それを知りたかったのだ。
タイガは、その質問に少しだけ言葉を詰まらせたが、少し言い辛そうに答えた。
「……記憶はある。かなり断片的にだがな。」
それを聞いてユキナは、あの惨劇の夜に沸き上がった漆黒の感情が、再び沸き上がってくる事を感じた。
そして……、
「記憶があるんですね。じゃぁ、あの夜の事は覚えているのですか?」
ユキナは低く重い声で、核心に迫る質問をする。
しかしタイガは、そのユキナの質問に、何も隠す様子なく答えた。
「あの夜の事も、断片的に記憶がある。……お前の愛する人たちを、オレはみんな殺してしまった。それは分かっているよ。」
「……!!」
それを聞き、ユキナの表情は鬼の様な形相へと変わり始める。
そして、タイガの背中を掴む手に力が入り、ワナワナと怒りに身を震わせた。
恐らく、タイガはその様子に気付いている。
しかし、タイガは気付く素振りは見せず、淡々と話していく。
「正気を失っている時のオレは、寄生虫に意識を乗っ取られている状態なんだ。……自分ではどうすることもできない。だが、お前の愛する人を奪ったのはこのオレだ。それは事実だ。」
「……」
「謝って済む話じゃねぇ。……赦される事じゃないと分かっている。」
「……」
「……だから、オレの制御装置のリモコンを取り返したら、次はお前がそれを持て。」
「え!?」
「あとは、オレを利用するなり殺すなり、好きにしろ。」
「……」
タイガのその答えは、ユキナにとって予想外であった。あの悪魔の様な少年の兄であるタイガは、きっと心のない人間であろうと、ユキナは思っていたからだ。
しかし、どうやらタイガには、罪悪感の様なものがあるらしい。
タイガは言葉を続ける。
「とはいえ、そんなもんは何の罪滅ぼしにもならんだろうがな。……だが、オレの最悪のバッドエンドは、お前が決めてくれていい。……それがオレにできる、せめてもの謝罪だ。」
「……」
それを聞いてユキナは、沸き上がる漆黒の感情をなんとか抑えることができた。
ユキナにとって、リクトとタイガは決して赦すことはできない。……そして、やはりこの復讐が果たすべきものなのだと思うのだった。
————
一方その頃。
赤髪の男たちに拉致されたリクトは、椅子に手足を縛られた状態で目を覚ました。
「よう……。 目は覚めたか? クソガキ!」
リクトの目の前には、あの赤髪の男が立っており、その手には大きなハンマーを持っている。
「……」
リクトは、相変わらずのニヤケ顔で、赤髪の男の顔を見た。
「……このクソガキ。何だ、そのニヤケ面は?……テメェの立場、分かってんのか?」
赤髪の男は、ハンマーで地面を叩きながら言う。
しかし、リクトは表情ひとつ変えず、赤髪の男をバカにする様に言った。
「それで拷問でもすんの?……そんなの時間の無駄だから、殺すならさっさとしてくんない?」
その言葉に、赤髪の男は逆上する。
「テメェ……、舐め腐りやがって! だったら試してやろうじゃねぇか!ああ!?」
そういうと赤紙の男はリクトに近づき、リクトの足の上にハンマーをあてがう。
「今からテメェの足の指を、一本一本つぶしてやる。……痛かったら遠慮なく悲鳴を上げて良いぞ?」
赤髪の男は眉間にしわを寄せ、怒りでひきつった笑顔でリクトの顔を見る。
しかし、やはりリクトは表情一つ変えない。
「ふ~ん。あっそ。……やれば?時間の無駄だけど。」
リクトは呆れたような表情で言う。
「……ク、クククク。テメェ、大した度胸じゃねぇかよ。その根性だけは認めてやる。」
赤紙の男は、酷くひきつった笑顔でそう言うと、手元のハンマーを大きく振り上げた。
そして、ドカ!という大きな音を立て、リクトの左足の小指に思いっきりハンマーを振り下ろした。
「……」
赤紙の男の仲間たちは、緊張した表情でそれに見入っている。
しかし……!
「……」
リクトは表情一つ変えず、平気な顔でそれを見ている。
「な……、なんだと!?」
赤髪の男は驚いた表情で、ハンマーをどかしてリクトの左足の小指を確認する。
しかし、その小指は確かに潰れており、普通の人間であれば叫び声をあげているはずである。
「だから言ってるでしょ? 時間の無駄だって。」
リクトは汗一つかかず、平然と言う。
「……信じられねぇ」
赤紙の男の仲間たちは、それを見て驚きを隠しきれない。
「……随分と我慢強いじゃねぇかよ。ああ?」
赤髪の男はかなり動揺している様子だが、それを押し隠しつつ、再びハンマーを振り上げて見せた。
しかし、
「だーかーらー! 無駄だよって、いってるでしょ?」
リクトは依然として表情を変えない。
それを見て赤髪の男はさらに逆上する。
そして、
「だったら、テメェが悲鳴を上げるまで、片っ端から潰してやらぁあああ!!!」
そう叫ぶと、赤髪の男は、リクトの足の指に向かって次々とハンマーを振り下ろすのだった。
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