第11話 正気の沙汰
赤髪の男たちに襲撃されてから、数時間が経過していた。
気絶させられたユキナは気を取り戻し、ゆっくりと起き上がる。
「……頭が痛い……。」
後頭部への強打で気絶させられたユキナは、鈍い頭痛と眩暈に足元がフラつく。
——どうしよう……。リクトさんがさらわれてしまった。 タイガさんは……?
ユキナは、タイガの体が蹴落とされた傾斜を恐る恐るのぞき込む。
しかし、あまりに険しく草や木々が生い茂っており、暗くて何も見えない。
——タイガさん、頭を割られて首を切られてた……。 ゾンビだけど、さすがに死んでしまったかも……。
このままでは、恐らくはリクトも拷問の末に殺されるだろう。
ユキナにとっては、リクトへの復讐のために同行したこの旅路。それがこのような形で、唐突に終幕を迎えるのか……?
ユキナは何やら、大きな喪失感のような感覚を覚える。
そして、一体これからどうすればよいのか? 目的と進むべき道を見失いそうに思った。
——とりあえず、町に戻ろう。 それしかない……
持っていた武器や食料、金品といったものは、リクトと共に赤髪の男たち一行に持ち去られている様だ。今のユキナには、町に戻るしか選択肢が見つからない。
仕方なく、ユキナはフラつく足取りで町へと向かう。
しかし、少しだけ足を進めた時点で、山の中から何かが動く音が聞こえてきた。
その音は、ザザザザザザザ!と、何かが草木の間を高速で移動するかのような音で、ユキナの方へと近づいてきている。
——何……? 獣……!?
これだけ草や木が険しく生い茂っている傾斜だ。その中を高速で移動できるのは、イノシシやシカといった獣だろうか……?
ユキナが身構えながら辺りの様子を伺っていると、何かの大きな影がユキナの目の前に飛び出してきた。
そして、ドスン!と大きな足音をたてて、ユキナの目の前に着地する。
その姿はなんと、タイガだった。
「タ……タイガさん……!?」
ユキナが驚いてタイガの首元に目をやると、何やら触手の様なものがゾロゾロと蠢いており、傷口を縫い合わせるかのように、タイガの切断された首を接合していた。
——これがゾンビの再生力なの!?
ユキナは、切断された首までも接合する再生力に驚いたが、それと同時に、タイガがゾンビである事にハッとする。
イノシシやクマよりも、ゾンビが目の前にいることの方が、遥かに身の危険だ。
——ヤバい! 逃げなくちゃ!
ユキナは慌てて逃げようとする。
しかしその瞬間、「まて! 逃げるな! 今の俺は大丈夫だ!」と、確かにタイガがそう言ったのだ。
ユキナは恐る恐る振り返る。
「……え?」
よく見るとタイガは、いつものように息を荒げておらず、どこか落ち着いた表情をしている。
そして、平然と言葉を話し始めるのだった。
「お前は、確かユキナという名前だったな……? 安心しろ、今の俺はシラフだ。」
「ええ!? 正気に戻ってるってことですか……!?」
「ああ……。」
「こ……こんな事ってあるの!?」
「ああ。今までにも、ごくたまに正気に戻る事があった。」
ユキナはとても驚いた。
この時代まで、一般的に伝えられてきた話では、ゾンビ化した人間は元に戻す術がなく、制御装置を取り付ける以外には、殺すしか対処法がないとされている。
そして、制御装置の機能では、ゾンビの暴走を抑え込んで、無力化する事しかできないと聞く。
故に、ゾンビの制御装置は、ゾンビを武器として扱う目的でしか、開発されていないはずなのだ。……正気に戻るゾンビなど、聞いたこともない。
「まぁ、正気でいられるのは一時的だがな。……恐らく、頭をカチ割られた事で寄生虫がダメージを受けた事と、コイツのスイッチが入ったままだったためだろう。」
そう言うとタイガは、服の裾をたくし上げ、胸元に取り付けられた制御装置を見せた。
制御装置は、赤黒い色で蜘蛛の様な形をしており、タイガの胸に食い込んで、臓器の様にドクドクと脈打っている。
その表面には、小さなデジタル機器の様なものが付いてはいるが、その見た目は“装置”というよりも生物である。
「それが制御装置なのですか? なんか、生き物みたいですね……」
「そうだな。自分に取り付けられているもんだが、気持ちの良いもんじゃねぇ。」
そう言うとタイガは、服の裾を元に戻す。
「それよりだ。 あのクソガキはどうした……?」
「えっと……、リクトさんは、あの男たちにさらわれた様です。」
「そうか。リモコンは持ったままか……?」
「え?リモコン?」
「オレの制御装置のリモコンだ。あのガキ、いつも肌身離さず持っていただろ……?」
ユキナは、リクトがタイガの制御装置を操作する所を見たことが無い。そのため、ゾンビの制御装置をリモコンで操作する事を、この時に初めて知るのだった。
——ゾンビの制御装置が、簡単にリモコン操作できるって……。 考えてみると、とても恐ろしい。それに、そのリモコンをあんな少年が握っているなんて……。
考えてみれば、子供がおもちゃ代わりに兵器を手にしているようなものである。
しかし逆に考えれば、リモコンさえ取り上げてしまえば、リクトはただの腹黒い子供かもしれない。
とはいえ、恐らくそのリモコンは、リクトと一緒にあの赤髪の男たちに持ち去られている。
この状況でリクトが殺されてしまえば、リクトとタイガが無力化されたと言えるのかもしれない。
しかし、ユキナの目的はリクトへの復讐。
今ここでリクトを殺されてしまえば、ユキナは目的を喪失する事となる。
「リクトさんと一緒に、リモコンも持っていかれたと思います……。」
「チッ……!そうだろうなぁ。」
ユキナが答えると、タイガは面倒くさそうに頭をかきながら言った。
そして、
「仕方ねぇ。取りに行くぞ!」
そう言うとタイガは、何やら軽い準備運動を始めた。
「リクトさんを助けに行くんですか?」
「違げぇよ! リモコンを取り返しに行くんだよ! あのガキは殺されても仕方ねぇ。」
「……えっと、弟さんですよね?」
「ああ。一応はな。……だが、オレはどの道、アイツを殺すつもりなんだよ。」
「え……?」
「オレには、その理由がある。……まぁ、その話は後だ。」
そう言うとタイガは、ユキナの前で背中を見せてしゃがみこんだ。ユキナは、その意味がわからない。
「……なんです?」
「ああ!? 何って、おんぶだよ!おんぶ! さっさとおぶされ!」
ユキナは、タイガの予想外の返答に驚く。
そして、タイガにおぶさってもらう事に、強い抵抗を感じる。
「拒否します!」
「なんだと!?」
「いやですよ! 今初めて話した人に……、というか、ゾンビにおんぶしてもらうなんて嫌です!」
それを聞いてタイガは、少々ムッとした表情でユキナを見た。
「そうかも知れねーがな!オレはいつまで正気を保っていられるか分からねぇ!時間がねーんだよ!」
「走っていけばいいじゃないですか!」
「テメェが走る速度に合わせてたら間に合わねーよ!」
確かに、先ほど山中を走ってきたタイガは、かなりのスピードだったと思われる。ユキナの走る速度とは、恐らく比べ物にならないだろう。
しかし、そもそもリクトとあの赤髪の男たち一行が、どこに行ったというのだろうか……?
ユキナは腑に落ちず、おぶさるのが嫌である。
「じゃぁ! リクトさんとあの男たちの居場所、分かるんですか!?」
ユキナは、半ば怒った口調でタイガに言う。
しかし、「わかる!」と、タイガはハッキリと答える。
「え……?」
「ゾンビの能力だ。 生きている人間の思考?みたいなモノを、感じることができるんだ。」
「思考……?」
「何を考えているか?とか、そんな事まではわからね……。だが、生きた人間が思考していると、ソイツがどの辺に居て、どんな奴なのか?……それが大体分かるんだ。」
「ほ、本当に……!?」
「ああ。血がつながっている奴は、特にハッキリとな。」
つまり、タイガはゾンビの能力のおかげで、リクトの今現在の位置が分かるというのだった。
ユキナはこれに半信半疑であったが、どのみち他の選択肢はなく、仕方なくタイガにおぶさるのだった。
そして、
「よし。 しっかりつかまってろよ!」
そう言ってタイガは、恐ろしい跳躍力とスピードで、山の斜面を駆け上がり始める。
「キャアアア!」
ユキナは、そのあまりの速度に縮み上がる。
「あのクソガキと男どもは、数キロ先の廃墟に居る……。 10分くらいあれば到着するぜ!」
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