第10話 怨恨
——理性を持ったままでゾンビになりたい——
リクトのその望みは、ユキナにとって全く理解できるものではなかった。
人間らしい心を持たず、残酷で非道、自己中心的に他者を喰いモノにするリクト。
それでいて、さらには人間としての肉体までも捨てたいというのか……?
「ゾンビになりたい……? どうして?」
ユキナは、単純に疑問を投げかけた。
すると、
「だってさ、ゾンビって強いでしょ? タイガ兄ちゃんは元から強いけど、ゾンビのタイガ兄ちゃんは人間だった時の何十倍も力があるよ。それにほら、ゾンビって殆ど不死身なんだよ?知ってる?」
「……それは聞いたことがあるわ。」
「ゾンビは、“フレンジーバグ”っていう寄生虫に、脳を寄生されてなっちゃうんだけど、その寄生虫が死なない限りは、ひどい怪我をしても再生してしまうんだよ。寄生虫が死なない限りは不死身なんだ!」
リクトは嬉しそうに語る。
「……アナタは、そのゾンビの体を手に入れてどうしたいの?」
ユキナは、さらに疑問を投げかける。
しかし……、
「その先はまだ秘密だよ。」
リクトはそう言って、ゾンビになった先の目的は答えない。
その時ユキナは、自分がリクトに対して言った言葉を思い出した。
——「アナタが目的を果たす直前で、絶望の元に私がアナタを殺します。」
しかし、リクトは目的の遂行を邪魔されないために、本当の目的をはぐらかすつもりなのかもしれない。
——この少年の行く先を見届けて、彼の本当の目的を探ろう
ユキナはそう考えるのだった。
————
翌朝、3人は早朝に身支度を整えて出発する。
ユキナはというと、昨日にリクトが買ってきた衣服を身に着けていた。
黒いTシャツに、ブルゾンの様なジャケット、8分丈くらいの少々ダボついたパンツ、茶色い革のブーツ。そして布でできた黒のビーニー帽。
「よかった!サイズは適当に選んだんだけど、思ったよりピッタリじゃんか!」
買ってきた服を身に着けたユキナを見て、リクトは嬉しそうに言った。
「……そうね。けど、パンツは少しブカブカする。あと、この帽子は何?」
ユキナは少し不満そうに言う。
「本当はフードが付いた服があれば良かったんだけど、売って無かったからその代わりだよ。フードとか帽子は、日差しがすごく強い日とか、物陰に身を隠すときに便利だ!」
リクトは、なぜか得意げだ。
しかしユキナは、「……そう。」とだけ、そっけなく答えるのだった。
そして、3人が町を後にしてしばらく進むと、木々に囲まれた細い山道を通って、山を登っていく事となった。
山道のすぐ横は、急な傾斜となっており、木々や雑草が険しく生い茂っている。
「また山道かぁ……。なんだか、ここ1・2週間は山道ばっかり進んでるなぁ……。」
リクトはこの山道がとても面倒くさそうだ。
その様子を見てユキナは言う。
「しばらくの辛抱です。 この山を越えた先には大きな町があり、そこから神窓工学の居住地近くまで列車が通っています。」
「列車……!?」
「はい。この山は少々難関ですが、この山を越えて列車に乗れば、神窓工学の居住地までそれほど時間はかからないはずです。」
「うわーい! 僕、列車は生まれて初めてだよ! すごい!楽しみだなぁ……!」
リクトは無邪気にはしゃいでいる。
その時、話しながら山道を行く3人の目前から、フードをかぶった人物がこちらに向かって歩いてきた。
リクトとユキナは「旅人かな?」とそう思い、足を止めずに山道を進む。
しかし、そのフードをかぶった人物とリクトがすれ違おうという瞬間だった。
ドス!という音をたてて、フードをかぶった人物が、リクトの腹部を殴りつけたのだ。
そしてその人物は、右手でリクトの首を掴み上げる。
「……!?」
一瞬、何が起こったのかわからない一向。
リクトは首を掴み上げられながら、苦しげな表情でフードをかぶった人物に視線を向ける。
すると、
「探したぞ……。このクソガキが……!」
フードをかぶった人物は、ドスの利いた低い声でそう言うと、かぶっていたフードを脱いで顔を見せた。
その人物は、恐らく20代後半くらいの男性。赤い髪でツンツンとした短髪、顎髭を蓄えており、如何にも気性が荒そうな強面だ。
そして何故か、顔の右半分をマスクの様な布で覆っている。
「テメェ、このクソガキ。 オレの事、忘れてねぇだろうなぁ? こんな体にしやがって……!」
男は、リクトの目の前に自分の右腕を上げ、服の袖を口でめくって見せる。その右腕は、鉄でできた細い義手であった。
「……だ、誰なの!?」
ユキナは突然の事に驚いて後ずさりするが、その背後には、赤髪の男の仲間と思われる人物がすでに回り込んでいた。
「おっと!お嬢ちゃんは大人しくしてな!」
「!!」
ユキナの背後に回り込んだ人物は、ユキナの首に手を回し、刃物を突き付けてユキナを拘束する。
赤髪の男は言う
「テメェがそのゾンビを嗾けやがったせいで、オレは仲間を殆ど殺された上に、左腕と顔面を半分持っていかれたんだ。……この落とし前、つけてもらうぞクソガキ!」
どうやらこの赤髪の男は、以前にリクト達によって酷い目にあわされ、恨みを持っている人物らしい。
しかしリクトは、
「……知らない。 あんたの事なんか覚えてない。」
そう言って、腰元の鉈を引き抜こうとする。
だが、
「そうはさせるかよ! バカが!」
赤髪の男は、掴んでいたリクトの首元を手放すと、バランスを崩すリクトの腹部に膝蹴りを見舞う。
そして、リクトをうつぶせに押し倒すと、鉈を引き抜こうとしたリクトの右腕をひねり上げた。
「う~!クソ~!」
リクトは地面に押さえつけられながら、悔しそうに唸り声をあげる。
そして赤髪の男は、リクトを抑えつけたまま大声で叫んだ。
「今だ! ゾンビ野郎を殺れ!」
すると、その赤髪の男の叫び声を合図に、道脇の茂みからもう1人の仲間が現れ、タイガの頭部を目掛けて片手斧を振り下ろした。
ドカ!
振り下ろされた片手斧は、タイガの頭頂部から鼻くらいまで食い込み、タイガの頭部を左右に割る。
「キャアア!」
ユキナはその光景を目にし、悲鳴を上げて恐怖する。
しかし、
「まだだ! その男はゾンビだ! 首を刎ねて投げ捨てろ!」
赤髪の男が指示をだす。
それを聞いた男の仲間は、抜き取った片手斧でタイガの首を勢いよく刎ね、道脇の険しい傾斜の下に向かって、タイガの首を投げ捨てた。
さらに、タイガの体も傾斜の下へと蹴り落とす。
「これで決め手は無くなったぞ!……テメェはこの後、たっぷり痛めつけてやるからな。」
赤紙の男はニヤリと笑う。
そして赤髪の男は、リクトを地面に押さえつけたまま、リクトの後頭部を強烈な勢いで踏みつけた。
ドス!という鈍い音。
リクトはその一撃で気絶してしまった。
「え……?え……?」
あっという間の出来事に、ユキナは混乱している。
そのユキナを拘束している男は言った
「この女はどうします……?」
赤髪の男は、気絶したリクトを担ぎ上げながら、「その女はこのガキの被害者だ。放してやれ。」と答える。
しかし、
「だが、オレたちが立ち去るところを見せるわけにはいかねぇ。 ……ここでしばらく眠っといてもらえ。」
赤髪の男はそう指示を出す。
それを聞いて、ユキナを拘束していた男は、ユキナの後頭部へと手刀を見舞った。
ユキナは気絶し、その場に倒れ込む。
「ずらかるぞ!」
赤髪の男がそう言うと、一行はリクトを連れて、足早にその場を去るのだった。
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