第2章 痛みを知らぬ者
第9話 期待
夜明けとともに聖幸楽園を後にしたリクトとタイガ、そしてユキナ。
3人は、聖幸楽園から数十キロ離れた場所にある、小さな町へとやってきた。
その町には名前がなく、元々が遠い昔に居住地だった場所のため、各地から自然と人々が移り住み、集まってできた町だった。
町というよりは、集落に近い。
しかし、この町では農業が行われている他、数台の車があるため、遠くにある大きな町との商業的な交流もあり、工芸品や食品の生産も行われている。
そして、聖幸楽園の住人が働きに来ていたのもこの町である。
「もうすぐ日が暮れるね……。丁度よく町に到着できてよかった。」
町に到着したリクトは、キョロキョロと町の様子を見回す。
「どこか、泊まれる場所を探そう……」
しかし、リクトがそう言うと、空かさずユキナがそれを咎める。
「町の人に危害を加えないで!」
ユキナはそう言うと、リクトを鋭いまなざしで睨みつける。
リクトはその様子を見て答えた。
「さすがにそんな事しないよ。今はお金があるし、普通にどこかで泊めてもらうつもりだから安心しなよ……。 それに……」
リクトは、武器を持って警戒する兵士の様な格好をした住人をチラリと見る。この町の自警団員だ。
「武器をもっている人が何人もいるし、たとえタイガ兄ちゃんが居ても、僕が無傷じゃ済まなそうだしね。」
ユキナは、リクトがこの町で略奪するつもりがない事が分かり、少しだけ安心する。
しかし、
「……何事も計画的に……ってね。」
リクトはそう言うと、いつもの不敵な笑みを浮かべる。……やはり油断はできない。
それを見てユキナは、少しだけ何かを考えて言った。
「この町は、聖幸楽園の人たちが働きに来ていた町よ。……私の事を知っている人もいるわ。」
「ふ~ん。そうなんだ。」
「アナタがやった事を、私がここで言いふらしたらどうなるかしらね・・?」
ユキナは鋭いまなざしを向けて、リクトに釘を刺す。
しかし……、
「言いふらしてみれば?」
「……!?」
リクトのあまりに拍子抜けする返答に、ユキナは逆に動揺する。
「今の時代ってさ、誰も満たされてないし、みんな余裕がないじゃん? それに、誰もが常に身の危険を恐れてる。 ……たとえ、君が昨晩の事を言いふらして、僕たちの凶行が知れたとしても、町のみんなは知らんぷりをするだけなんじゃない?」
「……」
その言葉を聞いて、ユキナは黙り込んでしまう。実際、リクトが言っていることは的外れでもないのだ。
殺人や略奪が日常茶飯事となっているこの時代……、人々は皆、自分の身と安住の地を護る事で精一杯なのだ。
もし、リクト達の凶行を言いふらしたとしても、ユキナまで一緒にこの町から追い出されるだけだろう。
しかも、町の住人がリクト達を追い出そうとした場合、リクトとタイガの手によってこの町に危害が加えられる可能性もある。
ユキナは、とりあえず今晩をこの町で過ごし、明日の朝に無事出発できれば良いと考えた。
「この先に宿屋があったはずよ。今晩はそこに泊まりましょう。」
この町は、大陸の東西を横断する旅人のルート上に存在するため、旅人用の宿屋があるのだった。リクト達は、ユキナの先導の元に、その宿屋で宿泊の手続きをする。
宿屋の受付で、タイガの姿が少々怪しまれたが、事前にフードをかぶせておき、「シャイな人なんで」という強引な言い訳で通した。
そして、なんとか今夜の宿にありつけた一向。
しかし、宿泊部屋に行く前にリクトがユキナに言った。
「僕、ちょっと買い物してくるからさ。 ユキナちゃんは部屋に入って休んでなよ。」
「……買い物?」
「うん。 まだギリギリ店が開いているみたいだからさ! ちょっと言ってくるね!」
そう言うとリクトは、タイガを連れて小走りで町の中へ繰り出していった。
——こうして見ると、まるで普通の男の子……。
ユキナはふと、そう思った。
しかし、リクトは昨晩の惨劇を引き起こした悪魔の様な人物なのだ。
ユキナは何とも言えない気分になり、心の中に何か引っかかるものを感じながら、宿泊部屋へと入るのだった。
それから数十分後……
「すごいや!この町! こんな時代なのに、服や靴も売ってる!」
嬉しそうにそう言いながら、リクトが宿泊部屋へと入ってきた。
そして、「はい。ユキナちゃん!」と、リクトは今さっき購入してきたであろう、服の上下とブーツを差し出した。
「……なに?」
ユキナは不審そうに答える。
「いやさ、ユキナちゃんの今の格好だと、この先の旅路は無理だと思ったからさ。」
どうやらリクトは、ユキナのために買ってきたらしい。
「あれ?もしかして心配してる? 大丈夫だよ!ちゃんと買ってきたものだから!その辺は安心してよ!」
リクトは無邪気な様子で言う。
ユキナは、一体これをどう受け止めたらよいのか分からない。
しかしユキナは、「ありがとう。」とだけ、そっけなく答えるのだった。
————
その晩……、ユキナは、丸一日中歩いて疲れているはずなのに、全く眠れる気がしなかった。
それもそのはず。昨晩の惨劇を引き起こした2人が、今まさにこの部屋で、寝床を共にしているのである。
しかし、ユキナは心が麻痺してしまったのか、昨晩の惨劇を思い出してみても、悲しみや恐怖感を感じることができないでいる。
そして、部屋の隅で突っ立っているタイガを目にしても、不思議と恐怖感を感じないのだ。
——一体、私はどうしてしまったの……?
ユキナは考えた。
しかし、考えても考えても、その答えは出てこない。
そして、ユキナがなんとかして眠ろうと寝返りをうつと、隣に布団を敷いていたリクトが起きており、窓から外を眺めている事に気が付いた。
「……眠らないの?」
ユキナは話しかける。
すると、リクトは窓の外を眺めながら言った。
「僕は、絶対にゾンビの研究施設に行くんだ。どんな手段を使っても、誰を傷つけても……。」
「……」
ユキナは、再び奇妙な気持ちが沸き上がり、心の中で何かが引っ掛かる気がした。
それというのも、リクトのその声が、まるで夢を口にする少年そのもので、とても昨晩の惨劇を引き起こした悪魔の様な少年とは思えなかったのだ。
ユキナは、続けてリクトに問いかける。
「アナタは……、もしかしてお兄さんを元に戻したくて、研究施設を目指しているの?」
ユキナはこの時、少しだけ心の中に引っ掛かるものが何であるか分かった。
ユキナにとって、この少年は憎悪の対象であり、悪魔の様に畏怖すべき存在である事に変わりはない。
しかし、リクトの純粋に見える一面を見たことで、「人間らしい一面を秘めているのではないか?」と、少しだけ期待を持ってしまったのだった。
……しかし、リクトの答えは、そのユキナの淡い期待を打ち砕くものだった。
「違うよ……。」
「違う? じゃぁ、どうしてそこまで……?」
リクトは、またいつもの不敵な笑みを浮かべながら、ユキナの方を振り返って言った。
「僕はゾンビになりたいんだ。……理性をもったままで、ゾンビになりたい。」
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