第8話 憎悪

 一夜の惨劇は明け、朝日は壊滅した聖幸楽園の無残な光景を照らし出す。


 宿舎の食堂で睡眠をとったリクトは、その場にあった食料や武器、金品など、使えそうなものを布袋に詰め込み、食堂の入り口を出た。



「うわ!びっくりした!」


 食堂から出たリクトは、昨晩からその場にへたり込んだままのユキナを目にし、その容姿の変貌ぶりに驚く。


 黒く美しかったユキナの髪が、真っ白な白髪(はくはつ)に変わっていたのだ。



「どうなってんの!? その髪の毛! 真っ白じゃんか!」


「……」


 ユキナは黙り込んだまま、横たわるコウタの頭を撫でている。



「……で?どうすんの? 僕らと一緒に来るの?」


「……」


 リクトは問いかけるが、ユキナは一言も発しない。



「……まぁいいや。 そのコウタっていうお兄さんと約束したし、僕たちは君を殺さない。 ……まぁ、君たちから約束の情報はもらってないけどね。」


「……」


「じゃぁ、僕たちは君を置いて行くよ?」


「……」


 やはりユキナは言葉を発しない。


 リクトは、ユキナを残してその場を後にし、宿舎の入り口から外へ出た。



 宿舎の入り口を出たすぐ外では、無残に引き裂かれた聖幸楽園の住人たちが横たわり、血と肉塊の溜め池と化している。


 しかし、その溜め池の中から、か細い男性の声が聞こえてきた。



「……退け……! 悪魔め……! 退け……!」


 リクトがその声の方向へ視線を向けると、死にかけた神父・クロウの姿があった。


 そしてクロウは、首に着けていた十字架のネックレスを手にかざし、悪魔払いの様にブツブツと何かを唱えている。



「うわ!スゴイ! おじさん、その体でまだ生きてたの!?」


 クロウは今にも息絶えそうな様子であったが、昨晩から数時間は経過していながら、まだ息がある事自体が奇跡である。


 リクトはその様子を、まるで珍しい生き物でも見つけたかのような表情で見る。



「おじさんも、さっさと楽になった方が良いよ? ……トドメ刺してあげようか?」


 リクトは、先ほど宿舎の中から奪ってきた鉈を手にとろうとする。



しかし、


「……退け……! 悪魔め………! 退け……!」


クロウは、その悪魔払いの様な呪文を止めようとしない。



「おじさんさぁ……。 言っとくけど、お兄ちゃんはゾンビであって、悪魔じゃないからね? ゾンビってのは、寄生虫に寄生された人間なんだよ。 ……悪魔なんて存在しないよ!」


 すると、リクトの言葉を耳にしたクロウは、ブツブツと呪文を唱える事を止めて言った。


「悪魔はここに居ます……。 アナタの……、心の中に……。」


「……え? なに?」


「悪魔とは……、人の心の中に住まう者なのです……。 アナタの中には、悪魔が住んでいます……。」



 そう。 クロウが十字架を向けていたのは、タイガに対してではなく、リクトに対してなのであった。



「……ふ~ん。 あっそ。 悪魔ってのは、よく言われるよ。」


 リクトはそう言ってニヤリと笑うと、鉈を手に取って振り上げた。



 しかしその時、鉈が振り下ろされる事を阻止するかの様に、ユキナがクロウの元へとやって来た。


 そしてユキナは、その場に座り込むと、十字架を持ったクロウの手をやさしく握る。



「おお……、ユキナさん。よくぞご無事でいらっしゃいました。 ……お可哀そうに、その髪の色は?」


「……」


 ユキナは黙ったまま、悲しそうな顔でクロウを見つめている。



「ユキナさん……。この場から立ち去りなさい。そして、なんとしても生き延びて、安住の地を探すのです。」


「……」


「私が創ったこの楽園は、住人たちを悪魔から護る“聖域”とはなれなかった。……ですが、私たちは家族となれました。……我々は永遠に、アナタを愛し……て……」


 クロウは全ての言葉を発することなく、静かにそのまま息絶えた。


 ユキナは、クロウのその姿を目にすると、クロウの手を強く握りしめる。



「もういいかな? それじゃぁ僕たちは行くよ。」


 リクトは、取り出した鉈を腰元に仕舞うと、ユキナをその場に残して立ち去ろうとする。



しかし……、


「神窓工学(しんそこうがく)……」


ユキナは、立ち去ろうとするリクトに聞こえるよう、ポツリと何かを口にした。



「……なに?」


 リクトは足を止めてユキナの方へ振り返る。



 するとユキナは、クロウの手から十字架のネックレスを手に取って、自らの身に着ける。


 そして、静かにクロウの目を閉じさせると、座り込んだままで話し始めた。



「あなた達の言う研究施設は、神窓工学(しんそこうがく)という組織が持つ研究施設です。」


「……へぇ。」


「そして、その研究施設では、ゾンビを制御する装置が開発され、今もゾンビの研究が続いていると言われています。」



 リクトはニヤリと笑って、ユキナの方を見る。


「……約束通り、情報をくれるってわけだね? ユキナちゃん。」



 しかしユキナは、リクトの言葉には答えず、静かに立ち上がって淡々と話を続ける。


「しかし、神窓工学は軍事力を持っており、付近一帯の居住区を制圧しています。さらに、その周囲には強固なバリケードを築いており、居住区には登録された住民ナンバーが無ければ入ることはできません。」


「住民ナンバー……?」



 そしてユキナは、少しだけ髪をかき上げ、首元に書かれたバーコードの様な物とナンバーを見せて言った。


「私は、その居住区から逃げてきました。 そして、その居住区の住人として、DNAと共に登録されています。」


「……なるほど。 つまり、君がいないとその居住区にさえ入れないって事か。」



 そしてユキナは、かき上げた髪を元に戻すと、リクトを睨みつけて言った。


「私がアナタたちを、その居住区へ連れていきます。 ……そして」


「そして?」


「アナタが目的を果たす直前で、絶望の元に私がアナタを殺します。」



 リクトは、その言葉を聞いてさらに不敵な笑みを浮かべる。


「……そっか。じゃぁ、一緒に来てくれるって事だね? ユキナちゃん……?」



 ユキナは、張り裂けそうな悲しみを捨て、すべてをリクトへの憎悪に向けた。


 そして、たった一夜で全てが崩れ去った聖幸楽園を後にし、リクトとタイガと共に、大陸の東を目指して旅立つのだった。

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