第11話 子守
今日もソファでごろごろしていると、また電話がかかってきた。
『……イクサガミ』
「なにかしら」
『A級……』
「はい、ごくろうさん」
電話を切り、テレビをつけた。
「ただいまかえりました」
「あら、おかえりなさい」
「あれ、蓮華さん?」
学校から帰ってきたアイカが鞄を置いた。
「そのテレビ使ってるの珍しいですね」
「そうかしら? そういえば、アイカのいるときに使ったことはなかったかもしれないわ」
「そうなんですね。これって……ニュースですか?」
「いえ、いつもきてるテレビ局に頼んでそのまま映してもらってるのよ」
「そうだったんですね……」
アイカもソファに座り、テレビを見始める。
「結構迫力ありますよね。映画みたいです」
「そうね」
「そういえば、どうして見てるんですか?」
「気になるというか、ほら、私がいないことで被害者増えたとかなると私にも責任あるじゃない」
「そ、そうですか?」
「あっ」
「え、どうしました?」
「んー、なんか妙に張り切ってるというか、あっ、ほら。あの男とか。危ないじゃない」
「そ、そうですね……でも傷治してもらってますね」
「そうだけれど、もうすこしちゃんと、あっ」
「ふふふ、私、ごはんつくりますね」
「ええ、私はちょっと見てるわ」
「はい」
「なにかしら」
「なにかしら、だと? こちらの台詞だ!」
また呼ばれてここに来ていた。
「どうして戦闘に加わらないんだ! A級に落とされたから、それに対する当てつけか!?」
「当てつけって子供じゃないのよ」
「気に食わないことがあるからといって、義務を果たさない人間が子供ではないと?」
「義務なんてないけれど」
「ふざけるな! お前には義務が」
「ないって言ってるでしょうが」
「っ」
はぁ。
「アンタこそふざけてるのかしら? 規則なり契約なり、しっかり目を通しなさいな」
「なにを」
「A級覚醒者はA級魔物の討伐要請に対する拒否権があるわ。同級以上の魔物に対しては本人の意思で決められるの。そんなこともしらないの?」
「っ!」
「私は特A級だったからA級魔物でもなんでも要請があれば行ってたわよ? 他の覚醒者には任せられないし、拒否権もないからね。でもね、それは報酬があってこそよ」
「結局金か」
「そうよ? 私たちは命を張ってるんだから。強い魔物と戦えば、命を落とす確率も高くなる。だから報酬が高くなければ誰もやらないわ」
「A級も十分な報酬が振り込まれるだろう!」
「それを決めるのはアンタじゃないわ。それに、さっきも言ったけれど、A級魔物と戦わないと判断するのもA級覚醒者の権利よ。アンタがどうこう言える立場じゃないわ」
「そんなもの」
「あんたの一存で変えられるものでもないし、もしA級が全員戦闘を拒否したらどうするつもり?」
「そんなことさせるものか!」
「止められないのよ。あんたたちじゃ。死ねって言う人間に従う理由なんてないでしょう。特にあんたみたいな人間じゃ殺されて終わりよ」
「っ」
「あんただろうと、あのじじいだろうと私が殺そうと思えばいつだって殺せるわ。当然、捕まるでしょうけど、あんたみたいな無能に殺されるよりましだわ」
私のことを敵視するようなやつに背中は任せられないのよ。
「……」
「もういいかしら。帰るわよ?」
「……どうして」
俯いたまま小さな声を出す。
「あのおやじには従うくせに!」
「……」
「結局、お前は自分に従わない人間が気に食わないだけだろう!」
「そうかもしれないわね」
「っ! お前みたいな人間が」
「何かしら」
「っ……」
「くだらないわね。どうしてあんたみたいなのがそこに座っているのかしら?」
「黙れ!」
「じじいに私が従っている理由は私にぺこぺこ頭下げてるから、それもあるわ。自分がすべきことを分かってるからね。頭一つで私の力を借りられるなら頭くらい下げるべきでしょう。それで命を救えるんだから。でも、一番の理由はアンタだってわかっているでしょう。ただの、『敬意』よ」
「っ!」
虚勢くらい張りなさいな。ほんとうにイライラする。
「あんたはじじいのあとを継ぎたかったのかもしれないけれど、他の役員を見て見なさい? B級すら少しで、特B級がほとんど。別に直接戦うわけじゃないから、級は低くてもいいけれど、それならそれで何か必要だと思わせてみなさいな。自分が役に立つと示しなさいな」
「俺は!」
「なにかしら」
「俺は……」
また俯くのね。待ってあげる義理もないわ。
「ふんぞり返ってるだけで人の上に立てるわけじゃないわ。じゃあね、ちゃんと頭を使いなさい」
「で?」
「ん? なんだ、イクサガミ」
「アンタ、何やってるの?」
「少し様子を見に来たんだ」
「授業参観かしら? 見ない方がいいんじゃない? あのガキ、泣いてるんじゃないかしら?」
「イクサガミと接することが決まった時点で諦めている」
「そ、で、筋書き通りかしら?」
「何のことだ?」
「ま、いいわ。あのガキも若いのにかわいそうに」
「お前の方がもっと若いがな」
「あのガキ、人の上に立つ経験が足りないんでしょう」
「そうだな。唯一の特A級という、覚醒者のトップと比べられたら経験不足だろう」
「なに人のせいにしてるのかしら。アンタの跡継ぎってことがハードルをあげてるんじゃない? 世界で唯一、非戦闘覚醒者でありながらA級に至った男、だったかしら」
「昔の話だ。というより、何処で知った!」
「何をいまさら」
じじいの力は『翻訳』。他の言語で話す相手とでも会話ができる、ただそれだけの力でありながら、戦場で多く武功を上げ、特B級に昇格した、らしい。他の国から抗議というか説明を求められたらしいけれど、国内からはほとんど反対が出なかったと書かれていた。
「ん、すまない」
じじいが電話に出る。
「どうした。……ああ。……そうか」
じじいはすぐに通話をきった。
「……返したいと一言電話が来た」
「あら、もう?」
「お前、どれだけへし折ったんだ。あんな声聞いたことなかったぞ」
「勝手に折れたのよ。アンタがちゃんと育てないからね」
「……すまなかった」
「はぁ……なんで家族喧嘩に巻き込まれなきゃいけないのかしら」
「お前にとってはその程度か」
「あんなのただファザコン拗らせたガキでしょう。どうせアンタがあのガキに構わずに、私に構ってるから拗ねてるんでしょう」
本当に呆れる。なんでそんな理由で敵視されなきゃいけないのよ。
「帰るんだろう?」
「ええ。運転手も久しぶりかしら」
「はい。お久しぶりです」
「何処かに雇われてしまわないように私が雇っていたんだ」
「浮気かしら。アンタの奥さんに言いつけるわよ」
「言っていいことと悪いことの区別をつけろと言っているだろう!」
「言っていいことかしらね」
ため息をつきながら、じじいが何かを差し出してくる。
「何かしら」
「お前がA級扱いになっていたことをA級覚醒者に通達されていたことは知っているか?」
「え、そうだったの」
「ああ。で、これがイクサガミを特A級に戻す嘆願書の署名だ」
「なにそれ」
「言葉通りだ。無駄になったがな」
「ふーん。私、嫌われてるはずだけれど?」
「そうだな。それでも、お前は認められてるんだ」
「どうでもいいわ」
「照れ隠しにも言葉は選ぶべきだと思うがな」
「うるさいわよ。でも、A級ってこんなにいたのね」
「そのくらいは知っているべきだろう」
「こんだけいるなら、私も引退してもいいかもね」
「馬鹿を言うんじゃない」
「ま、このまま魔物が弱くなり続けるならいらないでしょう」
「それについてだがな……」
「なにかしら」
「吸収系の覚醒者を知っているか?」
「ええ。聞いたことはあるわよ。見たことないけれど」
一時的に魔物の特性をその身に有することができる力。そして、同時にその魔物を弱体化させるので、かなり有用だと聞いたことがある。
「でも、高い級位の魔物には使えないのよね。そもそも触れたりしなきゃいけないなら触る前に殺されるでしょう」
「だが、最近はそうでもないらしいのだ」
「どういうことよ」
「今まで効かなかった魔物に対して効果が出ることがあるらしい」
「魔物の弱体化でってこと?」
「かもしれん」
「どのくらい変わるのよ」
「ばらつきはあるが今までより一つ級位が変わるレベルだ」
「へえ、そうしたら全員昇格かしら?」
「難しいところだ。魔物の弱体化が原因なら現在登録されている魔物の級位を変更するのが筋だが、それをするなら覚醒者の方を昇格させる方が手間がかからん」
「ほどんどD級だったかしら」
「ああ。極稀にC級、それ以上は確認されていない」
「じゃあ、それがB級に上がったとしたら会うこともあるかもしれないわね」
「方針も含めまだ検討中の段階だ。他言無用で頼む」
「はいはい。あんたも大変ね。こんなにころころ引退したり復帰したり、やること多いわよ」
「わかっている。が、息子の尻拭いだ。しかたがない」
「ま、よかったわね。アンタのガキに交代してから、私は一度も戦闘に参加してないから、不足分もないわ。迷惑料払うって言うなら貰うけれど」
「迷惑料か。どこか飯でもおごるか」
「アンタ、私が大した量食べれないからって油断してるでしょ。人並みには遠いけれど、食べる量増えたのよ。アイカも学校だし、おごられるわ。まぁ、今更撤回しないだろうけど」
「たかが知れているだろう」
「運転手も暇なの?」
「はい。今日の予定はもうありません」
「ほら、今の雇い主なんでしょう?」
「……わかっている」
「運転手、遠慮はいらないわよ。私たちは、じじいとそのガキに振り回された被害者なんだから」
「はい、そうですね」
「そういうならイクサガミ、お前も」
「はいはい、見苦しいわよ」
「……はぁ、まったく」
強さを抱えた女の子~そうして世界は救われた~ 皮以祝 @oue475869
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