第10話 停滞

『イクサガミ、緊急だ。用意をしろ』

「……」

『おい! 聞いてるのか!』

「聞いてるわよ。さっさと車回しなさいな」

『っ! そん』


 通話をきる。




 少し待って、やってきた車に乗り込む。


「……ねえ」

「なんでしょうか」

「暇よ」

「今は緊急時です。気を引き締めていただきたい」

「……」

「……」






 ついた。

 見ればもう戦闘は始まっている。


「……」

「……」


 近くの木にもたれかかる。


「……」


 運転手が携帯を耳に当てている。

 すぐに私の方に連絡が来た。


『おい、イクサガミ! 何をしている!?』

「何もしてないけれど」

『さっさと戦闘に加われ!』

「もう終わるわよ」

『何をしているんだ!?』

「……ふん」


 通話をきる。


 戦闘を見続けて、数分後。魔物が倒れた。それを確認して、さっきからなり続けていた電話に出る。


「もう終わったわ」

『自分が何をしているかわかっているのか!』


 通話をきる。


「さあ、家に行きなさい」

「……」


 車に乗り込み、告げる。返答は来ず、車が発進した。





『おい、イクサガミ!』

「もう瀕死よ」

『加勢せずに何をしているんだ!』




『おい!』

「あと数分で倒せるんじゃないかしら」





『いい加減にしろ!』

「……眠いわ」




『イクサガミィ!!!』

「もう倒れたわ」






 夕食の途中、アイカが口を開いた。


「あの、蓮華さん」

「なにかしら」

「大丈夫ですか……?」

「え、ああ」


 ちらちらとアイカの視線の先を見れば、私が木に寄りかかっている映像が流れている。


「もしかしてニュースの通りなんですか?」

「不調って? それはアンタでしょ」

「わ、私のは何でもありませんでしたよ」

「貧血ってそんなに長く続くものでもないでしょう」

「た、たまたまですよ! それより蓮華さんのことです! 最近どうかしたんですか?」

「別に何でもないわ。私の手助けが必要ないから何もしてないだけよ」

「でも、ほら。今の人も。危なくないですか?」

「さすがに死にそうだったら助けるわよ。でも、怪我くらいなら別にいいでしょう」

「で、でも」

「アイカ」

「は、はい」

「私しかいないからいいけれど、絶対に『怪我しそうだから助けてあげてください』なんて外で言うんじゃないわよ」

「ど、どうして」

「あまりアイツらをなめるんじゃないって言ってるのよ」

「っごめんなさい」

「別におこってないわ。それよりも……」


 チャンネルを変える。他のニュースは……


「似たようなことしかやってないわね」


 『不調か!?』とか『不調の原因は!?』とか。


「……みんな心配しているんですよ」

「本当に何でもない……あっ」

「なんですか? 何に気づいたんですか?」

「そういえば言い忘れていたけれど。私、A級に落ちるかもしれないわ」

「え、えぇ!?」


 驚いたアイカが膝を机に、肘を椅子にぶつけて、変な格好で悶えていた。


「ど、どうしてですか!?」

「さあね」

「そ、そんなのおかしいですよ!」

「でも、どうかしらね。本当にA級になるかしら」

「……どういうことですか?」

「世の中面倒ってことよ」

「???」






「本日をもって特A級の特権の剥奪。A級扱いとし、公表に関しては時期をみて行う」

「そ」

「今までのような横暴は許さないからな」

「それだけ? 帰るわよ」

「ま」


 返事を待たずに部屋を出た。

 椅子の倒れる音と、こちらにかけてくる足音がしたから、扉の取っ手を握りつぶしておく変形させておく。

 さてと、行きましょう。






「わっ、なんですかこれ!?」


 学校から帰ってきたアイカが叫んだ。


「ちょっといろいろあってね」

「……今までのテレビでは満足できなくなっちゃったんですか?」

「まぁ、そうね?」


 満足というか、単純に鮮明さ、画質っていうのかしら。それが必要だったのだけれど。


「もったいなくないですか?」

「別に捨てたわけじゃないわよ。ずっとこっちを使うってわけでもないし」

「そうですか? これもそのために買ったんですか?」

「ちょっと必要でね。邪魔かもしれないけど、ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫ですけど……そんなに見たい番組があるんですか?」

「似たようなものよ」





 二日後。アイカは学校に行っている。水をあげていると電話がかかってきた。


『イクサガミ、魔物だ。今すぐ用意を』

「何級かしら」

『は?』

「は、じゃないわよ。何級の魔物かって聞いているのよ」

『それが何の関係がある』

「さっさと答えなさい」

『A級だが……』

「そ、じゃあ、行かないわ」

『……はぁ?』

「切るわよ」

『何を言って』


 通話をきる。

 

 リビングに下り、テレビをつける。何度もかかってきてうるさいので一時的に音が鳴らないようにしておく。

 そのままテレビを見続けて数分、インターホンが鳴った。

 私を迎えにしたらしい。ご苦労なことね。

 出ないけれど。



 数時間後、携帯を見てみればまだ電話がかかってきていた。


「なにかしら」

『お、お前! 自分が何をしているのか分かっているのか!?』

「何もしてないけれど」

『これで被害が出たらどうするつもりなんだ!』

「そう言うってことは、出てないのでしょう? 仮定の話なんてしたらきりがないわ」

『今回被害が出なかったからと言って、次に』


 通話をきる。

 満足したのか知らないけれど、そのあとかかってくることはなかった。

 通知が来るようにして、机に携帯を置いた。


 ソファに寝転がり、テレビを消して元々あった方のテレビをつけた。





「ただいま帰りました~」

「今日は少し遅」


 アイカの声はするけれど姿は見えない。大量の袋に埋もれているように見える。アイカがふらふらしているので荷物を受け取ってみれば、今までも貰っていた花以外にもお菓子や飲み物が大量にあった。


「どうしたの、これ」

「す、すみません。持ってもらっちゃって」


 そこそこ大きいテーブルが埋まってしまった。


「それで」

「いえ、あの……」


 おずおずと小さく口を開いた。


「蓮華さんへのお見舞い代わりに、と言われて断り切れず……」

「そう。申し訳ないわね。別に体調が悪いとかではないのだけれど。店長のえっと、戸隠……慎一?と明美?だったかしら。お礼を言っておいてくれる? 直接言った方がいいかしら」

「いえ。店長さんたちのもあるのですが……」

「なにかしら」

「わ。私の友達が……」

「え?」


 素直に聞き返してしまった。アイカの友達ね。だからお菓子とかがあるのね。


「私、会ったことないわよね」

「は、はい。でも、あの蓮華さん、今日も魔物出たんですよね?」

「そうね。私は行かなかったけれど」

「その。私の友達の中に魔物に詳しい子がいて。その子は魔物が好きといいますか、魔物マニアって言うんですかね? どの魔物が何級の魔物か覚えていて」


 覚醒者の情報は一般人が簡単に見ることはできないけれど、魔物の情報は公開されていて、誰でも見ることができるようにはなっている。


「すごいわね。私だって全部は覚えてないわよ」

「それで、今日、出た魔物がA級だって話になりまして。その、友達の携帯でライブを見ていたら蓮華さんが来ていないって話になりまして」

「……そんなに気にすることじゃないでしょう」


 なんというか、呆れてしまう。見るところが違くないかしら。


「それであれよあれよと、帰り道でどんどんお菓子が追加されていきまして……」

「こんなにたくさん持ってきたと」

「はい……」

「ふぅ……」


 最近はアイカの料理を食べ続けたおかげというかせいというか、食べられる量は増えてきたとはいえ、間食ができるかと言えばそうでもない。


「電話を……ああ、でも、アイカのクラスメイトってことは子供ね。大人ならともかく、電話なんてされてたら迷惑かしら」

「いえ、そんなことはないと思いますけど」

「そうかしら」

「はい。私も玄関まで運ぶの手伝ってもらったお礼をしますから」

「玄関まで?」

「は、はい。流石に1人ではここまで持って来れなくて……」

「ちょっと出てくるわ」

「え、蓮華さん?」


 もしかしたらまだいるかもしれないと思い、玄関を出れば、少し先に数人の後姿が見える。

 追いつこうと思えば追いつけるけれど。なんて呼びかければいいのかしら。


「え!?」


 向こうから大きな声が響いてきた。見れば、そのうちの一人がこちらを振り返っていた。それにつられて全員がこちらを見た。

 何か騒いでいるけれどよく聞こえない。

 って、こっちに走ってくるわね。


「あ、あの!!」


 一番にたどり着いた背の高い子が息を絶え絶えにそう言う。申し訳ないわね。お礼を言いに来たはずなのに、言う相手に走ってこさせるなんて。


「い、イクサガミ様ぁ……」

「え、ええ」


 そんなに急いで来なくても逃げないわよ? 少し遅れて最後の小さな子が追いついたと思ったら、目の前で何かに躓いた。


「きーちゃん達はや…あっ、えぅ」

「危ないわよ」


 小さいわね、この子。私の胸に顔からぶつかったけれど大丈夫かしら?


「す、すすす、すいません!!!」


 思いっきり後ずさられたわ。


「気を付けなさい、なんて、言えないわね。走らせて悪かったわ」

「いえいえいえ、ウチ、じゃない! えっと、わ、私がドジなので! ごめんなさい!!」


 勢いよく頭を下げられてしまう。なんだかどんどん悪い人になっている気がするわね。


「こちらこそごめんなさいね。アイカから玄関まで来てくれたと聞いてすぐ出てきたのだけれど」

「こちらこそごめんなさい! イクサガミ様にご足労?をおかけしまして……」


 背の高い子にまで謝られてしまう。


「ありがとう、大切に食べさせてもらうわね」

「は、はい! 光栄です!」

「ふふ」


 いい子達ね。類は友を呼ぶ、だったかしら。


「あ、あの……」

「ええ」


 先ほどから何も言わなかった、髪で目の隠れた子が話しかけてくる。


「ファンです! あ、握手してください!!」

「くーちゃん!? 失礼すぎるでしょ!?」


 直角に体を曲げながら手を差し出してくる。なんの番組だったかしら。どこかで見たことあるわね。それにしても、握手を求められるなんていつ以来かしら。どっかの役人に対してとかならあるけれど、一般人になんてなかったわ。


「別にいいわよ」


 差しだされた手を握る。


「あ、あぁぁ……」

「浄化されるゾンビみたい……じゃなくて、あの……私もいいですか……?」


 手を離し、背の高い子の手も握る。


「あっ、ありがとうございます!」

「お礼言われることじゃないわよ」

「う、ウチも、えっと……」


 また頭を下げられる。


「う、ウチの頭撫でてください!!!」

「けーちゃん!?!?!?」

「あ、頭? 面白い子ね……」


 人の頭を撫でたことなんてないのだけれど、これでいいのかしら。


「ふ、ふぁ……」


 膝が崩れそうになっているので脇に手を差し込んで支える。


「大丈夫?」

「い、イクサガミ様ぁぁ!!」

「わ、びっくりするじゃない」


 そのまま抱き着いてくる。この年頃の子って抱き着いたりするのが普通らしいから、仕方ないのかしら。


「はぁはぁ」

「けーちゃん! 失礼でしょ!!」


 背の高い子が引き剥がすように小さい子を抱きかかえた。


「あ、あの。失礼しました!」

「い、いえ。少しびっくりしただけよ」

「私たち帰ります! これ以上は耐えられないので!」

「こちらこそ、何もできなくてごめんなさいね。これからもアイカと仲良くしてあげてね」

「は、はい! それでは!! くーちゃん、手伝って!」

「う、うん。あの、ありがとうございましたー」


 その後姿を見送る。



「あっ、蓮華さん。おかえりなさい」

「ええ」

「その……何か失礼なことしませんでしたか?」

「いい子達ね。大切にしなさい」

「はい! もちろんです!」

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