第9話 交代

「じゃあ、気をつけなさいね」

「はい! 行ってきます!」


 今日は入学式があるらしい。アイカはE級のため、普通の高校へ通う。


「さてと」


 何をしようかしら。行く前に水やりはしておくと言っておいたけれど、今じゃなくても……いえ、何があるかわからないものね。

 エレベーターに乗って、屋上へ。

 少し大きくなったかしら。ちょっと屋上が狭くなった気もするわね。

 一部の野菜の実が付き始めている。どのくらいがとっていい時期なのかわからないからとらないけれど、いつか食べるのかしらね。


 水をやり終えて、リビングに戻ってくる。テレビをつけるけれど、退屈さが勝ってしまって、何かないかと探してしまう。


「駄目ね。時間の潰し方が下手になってるわ」


 本当は、この家に閉じこもっている必要はない。携帯でじじいに私がどこにいるのかわかるから、どこかに出かけていたって必要なら迎えは来る。ただ、出ない理由と言えば、行きたい場所もないし、一般人に迷惑がかかるからだ。これがただのA級だったりすれば出かけたところで、それこそ一般人には覚醒者かどうかもわからないでしょう。


 これはアイカがいないから変な気分になっているのもあるけれど……

 いえ、こんなことを考えるのは癪ね。


 寝ましょうか。することもないし。

 部屋に向かおうとしたところでインターホンが鳴る。いつも通り、家政婦が来たらしい。

 インターホンはただの来たという報告なので、鍵を開けて入ってくる。


「……イクサガミ様? どうかなさいましたか?」

「なんでもないわ」


 私が入ってくるのを見ていたからか、不思議に思ったらしく、珍しく話しかけてきた。


「それじゃあ、よろしく」

「は、はい」


 部屋に戻る。やっぱり寝ようかしら。


 電話が鳴る。


『イクサガミ』

「なに」

『緊急だ』

「……また?」

『今向かっている』

「わかったわ」


 寝ようとしていたけれど……そういえば、水をあげておいてよかったわね。





「はぁ」

「魔物が現れるのは仕方がないだろう」

「別に。ちょっと寝ようとしてたから不機嫌なだけよ」

「少しは健康的な生活をしているのかと思えば……」

「やっぱり、なにかあったわね」

「だからイクサガミの勘は嫌なんだ」

「私のせいじゃないでしょう。それこそ先に可能性を教えてあげただけありがたく思いなさい」

「ふぅ……そうだな」

「……アンタも大変ね。今日で交代でしょう?」

「ああ。引き継ぎの途中だ」

「そ」


 あれから、妙にA級の魔物の出現頻度が高い。私も毎回、駆り出されているのだけれど、A級とは思えないほど弱い。多分、今回も。







「ふぅ……」

「すまなかった」

「いいわよ」


 帰りの車。とはいっても、本当に行って、帰ってきた。

 私たちが着いたころにはもうほぼ終わっていた。私は必要なかったらしい。魔物が弱くなっているからか、こういうことも多い。


「ん、私が先?」

「ああ。少し話したいことがあってな」


 じじいの仕事場を通り過ぎて、私の家の方に向かってる。


「で、なに」

「今後のことだ」

「はっきりいいなさい」

「……息子が迷惑をかけるかもしれない」

「ふーん。なんで?」

「妙にイクサガミのことを目の敵にしていてな」

「……あんたのガキになんて会ったことないわよ」

「そうだな」

「あんたのガキって今、何してるのかしら」

「今までは他の部署で鍛えてもらっていた」

「アンタの下に入れればよかったじゃない」

「入れられるか」

「ま、いいわ。あんたの分の失礼は見逃してあげる」

「イクサガミにそんな借りは残っていないはずだがな」

「そうね、ショートケーキの分よ」

「……何年前の話だ」

「ていうか、話ってこれだけ? アンタ、親ばかだったのね」

「……そうだな。そうかもしれん」

「なら、大切にしなさい。もうすることもないんだから、家族との時間はつくれるでしょう」

「……そうだな」


 車が止まる。私の家についた。


「用事は済んだかしら?」

「……ああ」

「じゃ」


 車を降りる。


「じゃ、お疲れ。ゆっくり休みなさい」

「……イクサガミもな」


 扉が閉じ、車が去っていく。


「……」






「ただいまかえりました」

「あら、おかえりなさい」


 アイカが帰ってきた。制服は朝、見たままだけれど、鞄は膨らんでいる。


「鞄を置いたら。汗もかいているし」

「……? 蓮華さん?」

「なにかしら?」

「なにといいますか、蓮華さんこそ何かありました?」

「……なんでもないわ」

「本当ですか?」

「ちょっとね。魔物倒しに行ったら、私の出番なくてそのまま帰ってきたのよ。じじいとドライブしただけだったわ」

「そうだったんですね……?」

「ま、きにしなくていいわ」

「そうですか? じゃあ、ごはん作りますね」


 テレビを見る。最近は他の覚醒者の映像も少し増えてきた。欲を言えば、覚醒者の映像の代わりに時間をつぶせるものを映してほしい。


「水はあげたわ」

「え、あ、ありがとうございました」

「大した手間でもないし、できるときはあげておくわ。あと、野菜?って、いつとっていいの?」

「え、そうですね……感覚とかですか?」

「構わないでおくわ」

「そうですね……ちょっと難しいかもしれません。似たような形でとれる時期が結構離れているものもあるので」

「そ」

「できたら一緒に食べましょうね?」

「……そうね。それで? あんたこそ、体調が悪いでしょう」

「え、あはは。ちょっと疲れてしまったかもしれません」

「最近ずっとでしょう。病院は行ったの?」

「い、いえ。そこまでじゃないので」

「アイカ自身のことだから、あまり強く言いたくはないけれど、気をつけなさいね」

「ご、ごめんなさい。えっと、じゃあ、次の土曜日にでも行こうと思います」

「えっと、診察料? まあ、必要な分は渡してあげるから、金額の心配はしなくていいわ」

「そ、そこまでは」

「いいから。使い道もないのよ」

「わ、悪いですから」

「まあ、いいわ」


 病院に行かせた後に渡しましょう。








「で、なんの用かしら」

「イクサガミ……」


 目の前でふんぞり返ってるのは、じじいに代わったガキ。


「お前をA級に降格させることを検討している」

「ふーん」

「……最近のお前の働きは他のA級と大きな違いはない。しかし、給与では大きな隔たりがある」

「そうなのね」

「っ……お前は!」

「要件はそれだけ?」

「……出ていけ」

「私は呼ばれたから来ただけよ。用はないわ」


 部屋を出て、車に向かう途中。ここにいるってことは覚醒者なのでしょうけど、いくらかとすれ違う。私に気づけば、敬礼なり頭を下げたりしている。私はそれが正しいのかも分からないけれど。


 車に乗り込む。車が走り出して、しばらくして。


「……ねえ」

「わ、わたしでしょうか?」

「もしかして、運転してたのってずっとあんた?」

「そ、そうですね。私はイクサガミ様の専属なので」


 そうだったのね。女ってことも知らなかったわ。


「アンタは、いくつ?」

「と、歳は35です」

「……じじいの愛人かしら」

「ち、違います!」

「名前は? いえ、別に名前はいいわ。呼び方は?」

「呼び方、ですか?」

「なんて呼べばいいかしら」

「い、今までのままで大丈夫です」

「今まで……なんて呼んでたかしら」

「う、運転手、と」

「それ、呼び方かしら。ま、あんたがいいならいいけれど」


 車を降りる。


「じゃあね、運転手。また頼むわ」

「は、はい!」


 なによその笑顔。


 車が去っていく。




 ……はぁ。なんかおかしいわね、私。

 気を引き締めないと。私が気を抜いているわけにはいかないわ。






「はぁ……また無駄足だったわね」


 今回は向かっている最中で討伐の知らせが来た。


「運転手もお疲れ様」

「い、いえ。し、仕事なので」

「それは私もよ」

「わ、私とイクサガミ様とでは違いますよ」


 私はA級になって、私なしでもどんな魔物も倒されるようになって。

 そうなったら。






 それは、本当に幸せなことだわ。




「……私は、もう必要ないのかしらね」


 くだらない。


「あの」

「なんでもないわ。気にしないでしょうだい」


 本当にどうかしている。


「……私」


 背中というか、後頭部くらいしか見えないけれど、すこし、真剣な様子が伝わってきた。


「なにかしら」

「私。イクサガミ様の専属を希望したんです」

「そう」

「運転手でなくても、イクサガミ様に近づきたかったんです」

「あら、私のストーカーかしら」

「かもしれません……普通の、熱狂的なファンとも言うかもしれません」

「私にファンね」

「本当に、今更ですが。お礼を言いたかったんです」

「お礼?」

「はい。本当は、最初に会ったときに言いたかったのですが。今のように、少し話しかけやすくなった時を待っていたのは、ずるいことかもしれません」

「別にいいわよ。私がそうしろって言ったのだし」

「ありがとうございました」

「何に対するお礼かしら」

「私の命を救ってくれたことに対する、でしょうか」

「正直、運転手と以前にあっていたとしても覚えていないわ」

「はい。私は、イクサガミ様に救われている、たくさんの人の一人でしかありません」

「そ、まあ、感謝されて悪い気はしないわ」

「良かったです」

「もしかして、アンタ辞めるの?」

「……はい」


 そう。……そう。


「そういえば、ちゃんと話したのは最近だけど。私の専属だったってことはもう数年の付き合いなのかしら」

「そうですね。もう4年か5年くらいでしょうか」

「そ、大変だったわね。私みたいな子供の運転手なんて」

「いえ……光栄でした」

「もっとはやく……話しかけるべきだったわ」

「いえ。これ以上は……幸せ過ぎてどうにかなってしまいます。もう、私の一生分の幸福では到底足りないものをもらってます」

「アンタが辞めるのって、アレのせい?」

「……」

「そう」





 ……なめられたものだわ。

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