第8話 検証
「やっぱりニュースになったわね」
「あ、あぁ……」
朝のニュースでは昨日のインタビューばかりが報道されていて、少し昨日の、えっと、トルコのやつを不憫に思うけれど、私としてはアイカを公表することが目的だったしいいでしょう。
「こ、これ……全国に……」
「全国どころか世界中なんじゃない?」
「……」
アイカは口を開けて呆けている。私のことが流れていることなんて珍しくないのに自分のことは考えていなかったのかしら?
「……有名人よ、よかったわね」
「よくありませんよ!?」
「そう? 私は違うけれど、世間一般的に有名人になりたがるものじゃないの?」
「……わ、私これからどうやって」
「アイカは入学式も控えてるんじゃないの?」
「あっ……」
アイカは絶望したような顔をしている。大げさね。
「まあ、なるようになるわ。それに速いか遅いかの違いしかないのだから、慣れておきなさい」
「そんなぁ!?」
ポケットから音。
「なに」
『イクサガミ、緊急だ。そっちに車を回している』
「了解」
朝食の途中だけれど、立ち上がり着替えを始める。。
「蓮華さん、どうされたんですか?」
「ちょっと出てくるわ」
着替えているとテレビでも報道が始まっていた。警戒地域の通達と避難要請。ここからは結構離れているわね。
「しないと思うけれど、その方向には近づかないことね。ここら辺、アルバイトに行くだとか普段の生活をしていればいいわ」
「あ、あの……気を付けてくださいね」
「ええ、もちろんよ」
家から出るとタイミングよく車が走ってきた。
「じじい、今回は」
「今回はA級の雷龍だ」
「そう。……ようやくね。で、持ってきたのよね?」
「……ああ」
布の中に包まれたものは一振りの刀。なんて名前だったかしら。
「イクサガミ」
「わかっているわ」
布を元に戻す。
「……もし、すべて終わったら」
「今する話ではないでしょう」
「そうだな」
「もう少しで到着します」
運転手の言葉を聞き、布に包んだままの刀を持つ。
先に到着していた覚醒者がこちらに敬礼している。
そして、その先、稲妻をまとう黒雲が広がり、その中を泳ぐ雷龍が見える。
「いくわ」
足を曲げ、上に跳ぶ。そして、着地。
雷龍のような上空で動く魔物は協力しなければ倒すことが難しい。空に立つ場所をつくる者がいなければまともに相手をすることすらできない。
すでに相手をしてる覚醒者たち。そして雷龍の眼が私を捉える。
「来なさい」
刀を抜かず、拳を構える。何の技術もない。ただ握っただけの手。
雷龍の体から雷が放たれ、よけつつ全速力で近づく。焦げたにおいがする。服か、髪か。確認している暇もなく、雷龍は次の雷を放ちつつ、黒雲をさらに纏っている。
バチバチと五月蠅い音、静電気を受け続けているかのように動きづらい身体。
全て無視して雷龍の頭に拳を叩きこんだ。
断末魔か、一際大きな鳴き声を上げ、落ちていく。ここは専門外。追うように、私も落ちる。
落下の衝撃で、雷龍とその周りの地面がが抉れる。それと同時、周りから光や炎、銃弾などが撃ち込まれる。雷龍を覆う黒雲の一部が掻き消える。
雷龍の悲鳴が上がる。その頭に拳を落とし、もう一度地面にぶつける。そこから引くと同時、再び雷龍に向かって撃ち込まれていく。
傷を負っても、再び空に戻ろうとする。そして、上から落ちてくる空気の塊に押しつぶされる。空から太陽の光が降り注いでいる。いつの間にか空に残った黒雲は消え去り、残った覚醒者が上から攻撃を加える。
藻掻く雷龍をツタが覆い、土が覆い、凍りつき、逃がさない。私も雷龍に近づいた。
「おわりね」
それから、十数分後、雷龍の体から力が抜け、目から涙が流れた。至る所から溢れる血が地面を濡らした。息がないのを確認し、雷龍から離れる。歓声が上がる。
周りに軽く声をかけてから、じじいと共に車に乗り込んだ。
「これ、使わなかったわ」
「……ああ。見ていた」
車は情報局の近く、議事所、じじいなど役員の話し合いの場に向かい、出発した。
今日は遅くなりそうね。
中に入れば、全ての目がこちらを向く。円形のテーブルに沿っておかれている椅子は、じじいの一つを除いてすべてが埋まっていた。
「イクサガミ様。ご苦労様でした」
「ええ」
口々に私に対する労りの言葉をかける。だが、その顔は明らかに私の言葉を待っている。私だって待たせるつもりはない。口を開く。
「明らかに、魔物が弱くなっているわ」
私の言葉に騒がしくなる。これは朗報。朗報のはずだ。
「1年前に私の戦った雷龍と多少個体差があるとはいえ、弱すぎる。あれがA級の魔物とは思えない」
「……理由は予想が付きますかな?」
馬鹿みたいに長く伸ばした白いひげを撫でながら、老人が訪ねてくる。
「全くつかないわ」
「そう、ですか」
「最も前線で活躍されているイクサガミ様に予測できないとすると……」
「そうだな。他の戦闘系も同様だろう。研究者への意見聴取も続けなくては」
「ですが、まずは、喜びませんか? 魔物が弱くなっているということは対処が楽になるということ。魔物による被害者も減っていく可能性もあります」
「……そうだな」
この中では比較的若い男の言葉に周りも同調していく。
「イクサガミ殿の言葉なら信用に足る。協力感謝する」
「ええ。あと、あくまで私、イクサガミではなく、一人の個人としてだけれど、覚醒者のレベルが下がっていることも気になるわ」
「そうですな」
「確かに。今となっては特A級はイクサガミ様お一人のみ。A級に関しても新規が減少傾向にある」
「魔物の弱体化とともに覚醒者の弱体化も起こっているのか」
「今後も慎重な観察が大事ですな」
「じゃあ、失礼するわ。あと、借りていくわ」
「はい。御足労をおかけしました」
じじいと共にその部屋を出た。
「じじい」
「ああ」
「きっと、何かが起こるわ」
「イクサガミ……」
「わかるでしょう? 私の勘がそう言っているの」
「できれば外れておいてほしいところだ」
葉巻を取り出し、壁に寄りかかった。
「もしその何かが起こったら、私も出る」
「何言ってるのかしら」
このじじいは。
「引退する老いぼれにできることなんてないわ。戦場に出るだけでお荷物よ」
「だが」
「アンタには守るべきものがあるでしょう」
「私が守るべきものは」
「家族よ。戦場から退いたのなら、考えを改めなさい。もう、あなたが守るものは、守るべきものは一般人ではないわ。アンタの家族よ」
深く吸い、口から白煙を吐き出す。
「……老いは辛いな」
「アンタのガキに継がせるんでしょう?」
「……そうだが」
「ま、いいわ」
「イクサガミ」
「ん?」
「お前も……」
「ただいま」
「あっ、おかえりなさい!」
アイカがパタパタと玄関に走ってきた。包丁を持って。
「……なに、アイカ?」
「え? ……あっ、ち、違うんですよ!?」
包丁を持った右手を背後に隠した。余計怖いわよ。
「においがするけど、まだ食べてなかったの?」
「は、はい。帰ってくるかなと思いまして」
「それで、できてるの?」
「いえ、まだです」
「……アイカ、指輪のこと忘れてる?」
「あ」
右手に嵌った指輪を見る。
「ま、いいわ」
共にリビングに戻り、アイカはそのままキッチンへ向かった。少し覗いてみれば、切り刻まれた野菜が山盛りになっていた。
「あんたね」
「あっ、えっと。すみません、ぼーっとしてて。大丈夫です。パックに詰めて保存しておけますから」
「明らかに食べきれる量じゃないものね」
しばらく待っているとアイカが料理を持ってきた。
「はい、たべましょう」
「そうね、いただきます」
「はい、いただきます」
そういって箸を動かし始めたのだけれど、ちらちらとアイカがこちらを見てくる。
「なによ?」
「いえ、今日はどうだったのかな、と思いまして」
「どうって……普通よ?」
「もぅ……今回は放送されますかね?」
「どうでしょうね?」
そんなところまでは流石に確認していない。いつ撮られているかも、どういう基準で放送されているかもわからないわ。
「蓮華さんって人気ですから、きっと放送されますよ!」
「はぁ、人気ねぇ」
危険度で言ったら変わらないのだし、監視できるならしておきたいのでしょうね。
「でも……」
「なによ」
「蓮華さんが戦っている間、私は」
「そんなくだらないことを言うのはやめなさい」
「でも、蓮華さんは戦ってるのに……」
アイカの箸は止まっていた。私も箸を置き、アイカの目を真っすぐ見た。
「アイカに戦う力はないのでしょう?」
「……はい」
「私も、戦う力がなければ、戦ったりしないわ。そして、戦う力があったとしても戦う必要なんてないわ」
「え」
「戦う力があったって、魔物の方が強ければ、簡単に死ぬわ。年間で見れば覚醒者だけで千人近くが死ぬような、仕事よ。わかる? これはただの仕事の一つでしかないわ。アイカがアルバイトとして働いているのとなんの違いもないわ」
「ち、違いますよ。だって、蓮華さんの仕事は人の命を救う仕事じゃないですか」
「そうよ。人の命を守る。だからその対価を貰っているの。でも、そうね。アイカのアルバイト先は花屋よね」
「……はい」
「そうね……アイカが売った花で、自殺を思いとどまることもあるかもしれないわ。家族を失って絶望していた人の心を癒すかもしれないわ。後は、そうね、落下の衝撃を和らげるかもしれないし、飛んでくる毒バチの気をそらせるかもしれないわ」
「そんなこと、ほとんど現実には起こらないじゃないですか」
「その、ほとんどの例外で誰かが死ぬことは防げるでしょう」
「そうですかね……」
「面倒ね。この世に必要のなくなった仕事は自然に淘汰されていくのだから、今、存在している仕事は誰かに必要とされてるのよ。だから、そこで働いている人も誰がに必要なのよ。数の違いはあったとしてもね。
「よく、わかりません」
「はぁ……そもそもアイカより全然頭の悪い私に説明させようとするのがおかしいのよ。いいからアイカは普通に、自由に生きればいいのよ。そういう生活を守るために私たちがいるんだから」
「……はい」
あまり納得はしていない様子だったけれど、私が食事を再開して話は終わったとわかったのか、アイカも箸を動かし始めた。
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