第7話 パーティ

「アンタ、もっと背筋伸ばしなさい」


 赤いドレスを着るアイカは体を小さくしていた。


「それにしても、結構重そうなのになったのね。まあ、似合ってるわよ」

「はい、ありがとうございます……」

「ちゃんと立ちなさいな」


 肩を掴み持ち上げるようにまっすぐ立たせる。


「あの、くすぐったいです」

「なら自分で立ちなさい」

「はい。あの、蓮華さんも綺麗です」

「そう、ありがとう」


 私のドレスも赤色。誰が選んだのかは知らないけれど、アイカが明らかに場慣れしてないから色を合わせたのかしらね。そういうのよくわからないけれど。


「また緊張してるのね」

「と、当然ですよ。でも、大丈夫です。何とかなります」

「そう。まあ、何をするってわけでもないわ。それじゃあ、行くわよ」

「? はい」


 店を出れば、車に背を預けるカッコつけたじじいがいた。


「きもいわ」

「おい」

「邪魔よ。乗るならさっさと乗りなさい」

「ふん。お前を待っていたわけじゃない」


 じじいはアイカの前に立った。


「笹守殿」

「え、あ、あの……蓮華さん?」

「ほらみなさい、怯えてるわ。アイカ、それ、変質者だから通報しなさい」

「違うわ! イクサガミ、冗談でも言って良いことと悪いことがあるぞ!」

「あっ、あの……」

「はぁ……一応、私の上司?かしらね」

「一応ではないわ!」

「うるさいわね。なんで歳とると大声になるのかしら。のど潰すわよ」

「あっ、あの、初めまして! 笹守 愛花です!」

「ああ。私は五里いつさと三郎さぶろうと言う。イクサガミの……イクサガミに指令を出す立場の者だ」

「そうなんですね」

「それ、ついてくらしいから。さっさと乗るわよ」

「そう急かすな。笹守殿」

「は、はい」


 差し出された手をアイカが握っている。


「イクサガミをよろしく頼む」

「え、あの」

「迷惑などかけられていないだろうか。こちらに連絡しても良い。できるだけ大目に見てやってくれ」

「あ、警察かしら」

「おい、イクサガミ!」

「冗談よ」

「あの、私の方がお世話になっているので……」

「世話した覚えなんてないわよ。された覚えはあるけれど」

「イクサガミ……」

「さっさと乗りなさい。話すなら中でもいいでしょう」


 対面に座るじじいは私の2倍以上幅をとって座っている。アイカは私の隣に座らせた。ドアが閉じられ、車が走り出す。


「それで、その……」

「ああ、今日の通訳じゃない? でしょう?」

「そうだ」

「珍しいじゃない」

「笹守殿に挨拶も兼ねてな」

「ふーん」

「あ、えっと、ご丁寧にありがとうございます……」

「そんなに緊張しなくても、あ」

「え、なんですか?」

「コイツもA級よ。元だけど」

「え、ええ!?」

「昔の話だ」

「ま、でも、そんなものなのよ。アイカはコイツがA級だなんて知らなかったでしょう」

「は、はい。すみません」

「住んでる国のA級すら知らないんだから、よその国のA級なんかに緊張したってしかたないわ。アイカがアルバイトで接客したなかにもA級がいたってアイカはわからないんだから」

「そ、それとこれとは別じゃないですか!?」

「どれがA級か分からなければ緊張しないんじゃないかしら。試してみましょう」

「や、やめてください! もし失礼なことしてしまったら……」

「面倒ねぇ」

「イクサガミが特殊過ぎるのだ。笹守殿。仮に失礼な行動をしたとして、一番問題なのはそこではない。正直に言ってしまえば、笹守殿は他の国のマナーなど知らないだろう」

「そ、そうですね。海外の方は握手とかハグとかであいさつするんですよね?」

「それも国によって同性同士限定だったり、様々な違いがある。だが、それを普通の生活をしていた笹守殿に強制するのは酷だ。だから、もし相手に何かをしてしまったら、正直に知らなかったと伝えた方がいい」

「いいんですか?」

「ああ。よほどのことがなければ納得するだろう。しなかったら、まあ、イクサガミに任せるのがいいだろうな」

「殴れば終わるわよ」

「冗談ですよね……?」

「他の人は違うかもしれないけれど、アイカは私のバディっていう特殊な立場にいるの。堂々と振舞っていればいいわ」

「は、はい」


 これ以上は何を言っても無駄でしょう。


「……眠くなってきたわね」

「イクサガミ……冗談だろう?」

「いいじゃない、この後疲れるんだから」

「……笹守殿、何か言ってやってくれ」

「アイカを巻き込むんじゃないわよ」

「お二人は仲がいいんですね」

「冗談はやめてくれるかしら。殴るわよ? じじいを」

「やめろ、シャレにならないだろう!」


 アイカはこっちを見て笑っている。


「まぁ、コイツ、私のストーカーなのよ」

「だから、なんでお前はそういう危ういことばかり口から出てくるんだ!」

「はぁ、もう10年とかそのくらいじゃないかしら」

「へぇ、そんなに長い付き合いなんですね」

「勘弁してほしいわ」

「こっちの台詞だ!」

「で、何の話?」

「ん? 何がだ?」

「いいから話しなさいな」

「……ふう。どうして女っていうのは気が付かなくていいことは気づくのか」

「なに、離婚でもした?」

「違うわ! するわけないだろう!」

「まぁ、あれだけ尻に敷かれてたらねぇ」

「イクサガミ、何度も言っているが絶対に外に漏らすんじゃないぞ!」

「話が脱線してるわよ」

「どの口が……まあ、良い。だが」


 じじいの目線がアイカに向いた。


「じじい、それは犯罪よ?」

「……そうだな。愛花殿も知っておいてもいいか」

「は、はい」

「本当ならば、終わった後にでもイクサガミに伝えようと思っていたのだが」

「なによ」

「私は退くことにする」

「……ふーん。なにがあったのよ」

「何もない。息子に跡を継がせることになった」

「じじいの息子っていくつよ」

「25だ」

「若すぎるんじゃない?」

「そうだな。役員の中で最年少となる」

「ま、いいんじゃない。金もあるんだし、そのまま隠居して老いて死になさいな」

「……そうだな」

「でも、連れてこなかったのね」

「ああ」

「ま、いいわ。じゃ、最後の仕事しっかり務めなさい」

「どれだけはやく引退させたいんだ。まだ引き継ぎも残っておるからな?」

「ちゃんと引き継いでくれるのなら別にいいわ」

「あ、あの、辞めちゃうんですね」

「その前にイクサガミのバディである笹守殿に挨拶をしておこうとおもってな」

「ま、暇だったらくればいいわ」

「ああ。そのうちな」


 そんなことを話していると車が止まった。


「着いたわね。ここ、来たことあるわね。アイカ、ついてきなさい」

「は、はい」

「もう準備してるのよね?」

「ああ。先に来ているはずだ」

「じゃ、そこらへんで待ってなさい」




 アイカと共に化粧をしてもらう。いつもは隣に誰も座っていないので、違和感というか、隣の様子が気になる。普段化粧中に口を開いたりしないので、アイカにはなしかけてもいいのか分からず、無言で化粧を終えるのを待った。






「蓮華さん、綺麗です!」

「そう。アイカもいいんじゃない?」

「テレビで見かけたこともあるんですけど、実際に見るのとはやっぱり違いますね! テレビ越しの何倍も綺麗です!」

「そう。照れるわね」


 腕がいいのね、さっきの。


「さあ、行きましょう」


 じじいと合流して、会場へ入る。

 一斉に視線がこちらに集まる。私は慣れたものだが、アイカは明らかに緊張していた。


「背筋を伸ばしなさい」

「は、はい」


 ウェイターからグラスを受け取る。


「大丈夫、話しかけてこないわ。まずはえっと、今日の主役。えっと、トルコの……」

「ユルドゥズ・ムスタファ氏だ。それくらい覚えろ」

「そうそう、ユルドゥズってやつからね。まあ、じじいを通してだけど、基本は私に話しかけてくると思うわ」


 そこで、一点を除き、会場の明かりが消える。左手に感触。

 アイカが手を握っていた。子供じゃないんだから。



 ユルドゥズの挨拶が通訳を介して会場に響く。数分話し続けた後、一礼したのと同時に会場の明かりが戻る。



「さて、なにか食べましょうか」

「え」

「食べてる間は話しかけてこないこともあるわ」

「話しかけてくるときもあるんですね」

「当然よ。ほら、なにか食べてみたいものはある?」

「え、えっと……」


 ブドウなど、すぐに食べ終えることのできるものをとる。


「今、ユルドゥズが話しているのはユルドゥズの国の人と話しているわ。それが、こっちに元々いた人か一緒に渡ってきた人かはわからないけれど、そのあとは私たちのところに来るわ。だから、すぐに口の中のものを食べれるようにしておきなさい」

「はい、わかりました」

「最悪、それさえ終えれば誰とも話さなくてもいいわ」

「は、はい」



 そして、案の定、ユルドゥズがこちらに向かってくる。


「コ、コンニチハ」

「ええ。こんにちは」

「こ、こんにちは」


 片言に挨拶を返すと、笑顔で腕を差し出してきたので握り返す。


「イクサガミサマ」

「ええ、こんにちは、ユルドゥズさん」


 手を離すと、アイカに向かって手を差し出す。アイカもそれに応え、そこからはじじいが通訳となって話し始めた。


「―――――――――――――、――――――――」

「イクサガミ様に出会えて光栄です、だそうだ」

「こちらこそ、会えて光栄だわ」

「――――、―――――――――」

「―――――――! ――――――――――――――!」

「とてもうれしいです。ずっとファンでした、だそうだ」

「ありがとう」

「―――――、―――」

「―――、―――――――――――――――――?」

「ところで、イクサガミ様の隣の女性は、だそうだ」

「私のバディよ」

「さ、笹守愛花です」

「―――――、――――――――――――」

「――――――――――――――――――――――――――! ――――――、―――――――――――!」

「イクサガミ様のバディですか、笹守愛花様、もう一度握手してください、だそうだ」

「は、はい」


 ユルドゥズは笑顔でアイカの手を握っていた。





「ほら、大したことなかったでしょう」


 そのあともう少しだけ話をして、ユルドゥズは別の参加者の方へ向かっていった。


「は、はい。やっぱり緊張しましたけど……」

「上出来よ。後は、そうね。嫌ならあと一人以外は話さなくてもいいわ」

「いえ、大丈夫です。頑張ります!」

「そう。お手洗いとか行きたくなったら、はやめに伝えなさい。ついていくから」



 話しかけてきた数人のあちらの人や、こっちの覚醒者に対応した後、一人の女性が近づいてきた。


「――――、――――――――、――――――――――――――――――。――――――――――――――」

「こんにちは、イクサガミ様。TRTのものです。インタビューいいでしょうか、だそうだ」

「ええ、構わないわ。大丈夫ね、アイカ?」

「はい」

「――――――」

「――――――――、――――――――――――――――――? ――――――――――?」

「イクサガミ様の隣の方はどなたでしょうか、新しいバディの方でしょうか、だそうだ」

「そうよ」

「笹守愛花と申します」

「――――――――――、――――――――――――――――――――――――――――――?」

「その右手の指輪はバディの契約魔道具でしょうか、だそうだ」

「ええ、そうよ」





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