第6話 準備

「わぁ! すごいですね!」


 店に入るとアイカがそんな声を上げた。


「はい」


 店員に覚醒者のライセンスを渡す。連絡は来ているはず。


「はひ……はい。案内いたします」

「……」


 店員についていく。


「じゃあ、サイズ測ってもらいなさい」


 私たちが朝からここにきているのはアイカのサイズを確認するため。サイズはできるだけ早くほしいと言ってきたので、覚醒者用の服屋に来ている。


 アイカのサイズに興味なんてないし、少し見て回ろうかしら。


 ドレスだったり、男用のスーツだったかしら? それらが置かれている。他でも買えるんでしょうけど、こういう店は客が少ないのもあって楽なのよね。

 そういえば、今回は何着るのかしら、私? 全部任せているから色すらわからないけれど、アイカと合わせるのかしら?


「蓮華さん、測り終わりました!」

「そう」

「胸が大きくなってました……あと、おしりも」

「食べ過ぎで太ったんじゃない?」

「そう、かもしれません。いろいろいただいてしまいましたし……蓮華さんはやせていて羨ましいです」

「まあ、肉はついていないからね」

「うっ……肉って言われるとちょっとくるものがありますね」

「運動しなさい」

「してますよ!? 朝に散歩したりしてますし、アルバイトに行くときだって歩いて行ってますし……」

「じゃあ、足りないんでしょう」

「蓮華さんは普段、ほとんど運動してませんよね!?」

「消費すべきカロリーがないでしょう、私は」


 でも、アイカにつられて食べる量がどんどん増えていけばわからない。


「もう、ちゃんと食べないと身長伸びませんよ?」

「なに、その言い方。私の身長は伸びきってるでしょう」

「確かに……結構大きいですよね」

「そうかしら」

「十分高いですよ。私と比べれば」

「アイカは……150くらいかしら」

「はい。あと1㎝です」


 じゃあ、私とは15㎝くらい違うのね。


「でも、まだまだ伸びますから!」

「私はここ3年くらい変わってないけれど」

「私は普通に伸び続けてますけど……それより、3年間変わってないって12歳からその身長なんですか!?」

「ええ」

「12歳って小学6年生とか中学1年生ですよね。男の子でも珍しいんじゃ」

「そうなの。私は学校行ってないから」

「あっ……」


 アイカが変な顔してる。する必要のない配慮なのよね。


「通ってる、というか、あとちょっとで学校に通い始めるアイカにいうことじゃないけれど、私が学校に通ったとして、今以上に稼げると思う?」

「それは……確かに」


 まあ、そういう教養?はある程度必要だし、通うのも良かったかもしれない。今更だけれど。


「じゃあ、帰るわよ」


 頭を下げられながら、店を出た。


「はぁ……緊張しました」

「なんでよ」

「ドレスのためって考えると流石に緊張してしまって。ドレスを着る機会なんてあまりないですし」

「そうかしら。なら、今後は増えるんじゃない?」

「でも、結構ドレスって簡単にできるんですか?」

「どういう意味かしら?」

「いえ、もっと時間がかかるものだと思ってました。前日にサイズを測れば間に合うんですね」

「まぁ、時間をかけようと思えば、いくらでもかけられるわ。今回はそもそも招待状からの期間が短いから相手側もそのことは承知でしょう。それに、アイカのドレスはかなりシンプルになるはずよ」

「そうなんですね? シンプルとシンプルじゃないの違いもよくわかってないですけど」

「そうね、アイカにとっては重いか重くないかでいいんじゃないかしら。ドレスって結構重いわよ」

「た、確かにそうですね。そうですよね。重さがあるんでした。でも、綺麗な人というか、細い人も来てるイメージですし」

「基本立ちっぱなしだけれどね」

「……」

「冗談、でもないけれど、休むことはできるから、心配する必要はないわ。周りは慣れていないことくらい簡単にわかるでしょうし、無理はしないことね」

「でも、蓮華さんと一緒にいるなら……」

「無理された方が迷惑だから。もし少しでもつらいようなら白状しなさいね」

「……そうですよね。わかりました」


 家についてから、アイカはアルバイトの準備をしている。


「そんなに急がなくても今日は足があるんだし」

「そうですけど、待たせてますし」

「待つのも仕事の内でしょう」


 話しながらも準備をして、アイカはすぐに玄関から出て行った。明日のことを考えて妙に緊張していたけれど、大丈夫かしら。




「おかえりなさい……どうしたの?」

「……えへへ」


 アイカがまた両手に袋をぶら下げていた。


「またいただいちゃいました」

「すぐに運ぶわよ。明日はそんなことしてる暇ないわ」

「私がパーティーに行くって話をしたらお祝いと言って、断り切れませんでした……」

「別に責めているわけじゃないわ。厚意でしょうし」




 屋上に置き終えて、リビングに戻ると、アイカがそわそわしている。


「落ち着きなさい」

「いえ、ちょっとあれです。歩きたい気分なんです」

「今日ははやく寝ることね。隈は、まあ、誤魔化せるでしょうけど、頭働かなくて変に目立ったりしたらそちらの方が問題でしょう」

「そ、そうですね! 今すぐ寝ます!」

「こらこら」


 部屋に戻ろうとするアイカの首を掴み止める。


「そのまま寝たら、私の夕食は栄養食になるわ」

「そ、それは」

「いいのかしら、私が栄養食を食べる生活に戻っても」

「うっ……わかりました! 急いで作ります! それから寝ます!」

「はいはい」


 キッチンに向かうアイカについていく。


「ど、どうしました?」

「ちょっとのどが渇いただけよ」


 アイカの取り出した分を見れば、明らかに私の分しかない。仕方がないので冷蔵庫から同じものを出す。


「蓮華さん?」

「お腹すいてると気になって寝れないんじゃないかしら?」

「た、確かに……? ベッドの中で気にしちゃうかもしれません」

「食べてから寝た方がいいわよ」

「そ、そうですね!」


 アイカはすぐに作り終え、テーブルに運んできた。


「いただきます」

「はい、いただきます。って、ゆっくり食べなさいよ」

「わ、わかってますよ?」

「いつも通りの生活をしろって言ってるのよ」

「それは、蓮華さんはなれているかもしれませんけど、私みたいな一般人がパーティーなんて一生に一度あるかというレベルなんですよ!?」

「ふーん」


 これから何度も行くんじゃないかしら、多分。


「そうねぇ……相手はA級よ。それで、私は特A級。大したことないでしょう」

「私からしたら変わりませんよ!?」

「いえ、そこは変えなさい。A級なんてそこらへんにたくさんいるわよ」

「いませんよ!?」




「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさま」

「そ、それでは」

「お風呂に入って体を温めた方がリラックスできるわよ。そんな緊張していたら眠れないでしょう」

「そうですね。お風呂溜めないと!」

「溜めている間に歯磨きすればいいんじゃないかしら」

「そうですね! 無駄な時間を作らないために……」


 パタパタと洗面台に走っていって、戻ってくるその手には私の分も持っている。


「そういえば、歯磨きって食べ終えた直後はしちゃいけないそうね」

「なんでそんなことを今言うんですかぁ!?」

「まあ、私の口の中がどうなってもいいならいいけれど」

「も、もう! しかたないですね!」


 ちょろいっていうか、ちょっと馬鹿よねこの子。


「はやく磨いてちょうだい」

「え、えっ、でも!」


 私の分とアイカの分の歯ブラシをそれぞれもってあたふたしている。


「え、えっと。ちょっと待っててください! 私の方を先に終わらせてからにします!」

「そう」


 シャカシャカと忙しく手を動かしているのを見ながら、ソファに横になる。


「れんへさん! おこにあらあいでうだあい!」

「何言ってるかわからないわ」


 よこにならないでください、かしらね。ちょくちょく言われるし。





「ふぅ……」


 歯を磨いてもらった後、お風呂に入っている。


「あ、あの……」

「まぁ、ゆっくりなさい」


 アイカに背を預けて足を伸ばす。


「……ありがとうございます」

「なにがかしら」

「気を使っていただいて」

「そうね……バディ代よ」

「そうですね」


 アイカは私の体に手を回した。


「んっ、くすぐったいわね」

「あっ、すみません」

「まぁ、いいわ。出たら私の髪を乾かして、そのあと寝なさい」

「はい。ふふ」





「おはようございます」

「ん…おはよ」


 アイカに起こされた。


「あの……」

「そうね、そろそろ起きましょうか」



 朝食を食べながら、テレビのニュースを見る。


「あら、ニュースになってるのね」

「……」


 どこから、いえ、私の動向は普通に公開されているけれど、そんなにニュースになるほどかしら。もしかしたら、その理由は……


「えっ、なんですか?」

「……なんでもないわ」


 まあ、目的通りだし、問題ないわね。


「多分、もうしばらくしたら迎えに来るわ。アイカはドレスの試着をして、しばらく様子を見たりするわ」

「そうなんですね」

「あと、化粧もやってくれるわ」

「お化粧ですか……私、したことないんですよね」

「アンタ、高校生になるんでしょう? 化粧したことないってどうなのかしら」

「うっ……」

「まあ、せっかく本職に会えるんだから質問でもすればいいんじゃない? そのくらいは時間あるでしょう」

「本当ですか?」

「多分ね」



 そして、家に迎えが来た。





 

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