第5話 招待状

「そういえば、これって相手の位置がわかるって言ってましたよね?」


 リビングのソファで寝転がっていると、アイカが突然そんなことを言い出した。


「ええ、できるけれど」

「使ってもいいですか?」

「今? 目の前にいるのに?」

「ほら、まだ一回も使ったことなかったので、一度使ってみたくて」

「別に、了承得る必要ないわよ」

「じゃあ、使いますね。えっと、魔力を流せばいいんですよね」

「できるの?」

「たぶん、ですけど。何年も前に教習受けてから使ってないのでうまくできるかわからないんですけど……」

「まあ、爆発とか、たぶんしないわ」


 聞こえてないわね。目を閉じて集中して、ん。


「あっ、できました! へぇ、こんな風になるんですね!」

「アンタ、魔力の使い方上手ね」

「え!? そ、そう、ですか?」

「ええ。魔力の流し方が上手よ。魔具の整備士とかになれそうね」

「整備士ですか?」

「ええ。アンタみたいに、魔力量は少ないけれど流し方が上手ってやつが多いのよ」

「そうなんですね」

「まあ、大変な仕事だから、あまりおすすめはしないけれど。話がそれたわね」

「あ、そうでした。ちゃんと位置がわかりますよ。私の近くにいます!」

「見ればわかるでしょう」

「でも、これって大丈夫なんですか?」

「ん?」

「ほら、相手の位置が自由にわかっちゃうじゃないですか。ストーカーとか……」

「ああ、普通にあるわね」

「え、あるんですか!?」

「自分で言っておいてなによ」

「じゃあ、どうするんですか?」

「どうもしないわよ」

「えっと、どういうことですか?」

「これ、契約書にあったでしょう。自己責任よ」

「あ、危なくないですか?」

「そうかしら。いざというときに相手の位置が確認できない方が危険でしょう」

「そ、それはそうですけど……」

「普通に外せばいいんじゃないかしら」

「あっ、そ、そうでした」

「外している間は相手側から位置を知られることはないわ」

「そうですよね。そうでした」

「でも、例えば、そうね。アンタ最近どう?」

「えっと、どうとは……?」

「誰かに狙われたりしてる?」

「え、わ、私がですか!?」

「なら、仮定でいいわ。もし、アンタが誘拐されたとしたら、真っ先に犯人が狙うのはその指輪よ。それを付けてる限りアンタの位置を私が確認できるんだから。だから、その指輪は大切にしなさい。腕を折られてもそれさえ無事なら何とかするわ」

「わ、わかりました」


 今守る必要はないというのに、アイカは指輪を左手で隠してる。


「蓮華さんはいつもつけたままですけど、いいんですか? えっと、私にいつでも位置を知られちゃうの」

「私はいつもつけっぱなしよ」

「今までも、ですか?」

「ええ。指輪型は初めてだけれど、外すの面倒だもの」

「あれ、でも、蓮華さんって男性の方と組んでませんでしたか?」

「そうよ?」

「あ、危ないじゃないですか!?」


 珍しいわね、アイカが大声を出すなんて。


「さっきも言ったけれど」

「蓮華さんは女性としての意識が低すぎます!」

「いえ、だから」

「大丈夫でしたか? 今まで何かされたり……」

「私を心配してるの?」

「あ、当たり前じゃないですか!」


 当たり前じゃないけれど。


「アンタねぇ……」

「蓮華さんは……」

「うるさいわ」

「痛いですっ!?」


 私が叩いた頭を押さえて涙目になっている。そんなに強くたたいてないのだけれど。


「アンタには、私がそこら辺の男にどうにかできるように見える?」

「で、でも、わからないじゃないですか!」

「わかるわよ。この世に私をどうにかできるやつがいるわけないじゃない」


 いるなら私はさっさと特A級を辞めている。引退して、余生を家に引きこもって過ごすわ。


「そんなことより、アンタは自分の心配をした方がいいんじゃない?」

「えっ、私ですか?」

「そうよ。アンタじゃ、一切抵抗できない相手にいつでも位置を特定される状況なんだから」

「そ、それはそうですけど……しないですよね?」

「さぁ、どうかしら?」

「冗談はやめてくださいよ~」


 そんなことを話しているとインターホンが鳴った。


「珍しいですね? 私出てきます」

「アンタ、何か頼んだ?」

「いえ、私は何も……」

「……ああ、私に用ね」


 画面を見れば、よく、でもないけれど、たまに見る相手がいた。


「招待状ね?」

「は、はい! 届けに参りました!」


 受け取ったことを証明するサインをする。ポストに入れておいてと頼んだことがあったが、サインをもらうまで帰れないと前に言っていた。


「はい」

「はい! ありがとうございました!」


 そして、さっさと帰っていった。まあ、私と長くいたくなんてないでしょうからね。

 招待状をもったままリビングに戻る。


「どなたでした?」

「どなたっていうか、これを渡すのが目的でしょう」

「これって! わぁ、初めて見ました! これ、蝋でとめてるんですよね!?」

「そうね。何の意味もないけれど」

「どなたからなんですか?」

「さぁ、どこかの石油王とかじゃない?」

「石油王って、実在してるんですか!?」

「するわよ。まぁ、アンタが考えてるのとは違うだろうけれど」

「え、そうなんですか?」

「だって、今、石油使わないじゃない」

「……あっ! そうですよね。石油は少し前まで使われていたって……あれ? じゃあ、どうして石油王と聞くとすごくお金持ちのイメージがあるんでしょう?」

「今の石油は希少だから、その分高く取引されてるからでしょうね。でも、昔の方が裕福だったらしいわよ」

「今よりですか……」

「結局、生きてる間に使いきれないんじゃないかしら。それでその財産を受け継いで石油王を名乗ったりね」

「な、なるほど……」


 中を見てみれば、石油王ではなかった。


「どなたからですか?」


 アイカは落ち着かない様子でこちらを見てる。


「見たいなら見てもいいわよ」

「えっ! いいんですか!?」

「ええ」


 興味津々といった様子で受け取った後、首を傾げた。


「……すみません、知らないです」

「私もよ。どこかの国の成金でしょうね。私みたいな」

「なるほど……」

「電話するわね」


 相手を選び、数回音がした後、声が聞こえてくる。


『もしもし、私だが』

「私よ」

『……イクサガミ、何度も言っているが』

「私は何度も言いたくないわ。で?」

『招待状のことだな?』

「ええ。誰?」

『トルコ共和国のA級のユルドゥズ・ムスタファ氏だ』

「トルコ? トルコっていうと……どこで聞いたのかしら」

「トルコアイスじゃないですか?」

「あっ、それね」

『……仲良くやっているようで何よりだ』

「トルコからって珍しくないかしら?」

『そう、だな。今までイクサガミが招待された相手には、トルコ共和国出身者はいなかったかもしれん』

「ふーん、規模は?」

『もしかして、参加するつもりなのか?』

「ちょっとね。で?」

『規模か……そこまで大きくはない。A級が数人、役員が数人、報道は1社のみだ。ダメもとで送ったのだろうな』

「どこの?」

『むこう、トルコの大手だな』

「ふーん、いつなの?」

『明後日の来日した日の晩餐会だ』

「わかったわ。参加するって連絡しておいて」

『ほ、本気か?』

「ええ」

『……わかった。そのようにしておく』

「ええ。それじゃあ」


 受話器から耳を離す。


「アイカ」

「は、はい! なんですか?」

「明後日って予定ある?」

「明後日ですか? アルバイトですけど」

「そう。えっと、店長だったかしら。連絡できる?」

「え? で、できますけど」

「ちょっと話があるから連絡してくれるかしら」

「わ、わかりました」


 アイカが私に変わることを離してから私に携帯を渡してくる。


「アイカのアルバイト先のて」

『イクサガミ様ですか!?』


 こ、声がでかいわね……


「ええ。そうよ」

『おい、本物だって』

『まぁ! 本物のイクサガミ様ぁ!』

「あの」

『わ、私! フラワーショップ戸隠の店長をしております戸隠 慎一しんいちと申します!』

『妻の明美あけみです!」

「そ、そう。アイカが世話になってるわね」

『いえいえ、本当に愛花ちゃんは手際が良くて。本当に感謝しています』

『そうです! 愛花ちゃん目当てに来てくださるお客様もいて!』

「そう。それで、悪いんだけれど、明後日アイカを休ませてもいいかしら」

「え!?」


 アイカが視界の端で驚いているけれど、無視する。


『愛花ちゃんに何かあったのですか!?』

「いえ、そういうことじゃないわ。ちょっと私に付き合ってほしいのよ」

『そ、そうでしたか。イクサガミ様の用事でしたら了解しました』

「そう。お願いね」


 アイカに携帯を返そうとして、思い出した。


「そういえば」

『は、はい!』

「花くれたわね。ありがとう」

『っ!? お、おい! 聞いたか!」

『ええ……ええ! 聞こえたわ!』


 鼻をすする音まで聞こえてきた。なんというか、まあ。


「返すわ」

「は、はい。 店長? えっ、なんで泣いてるんですか!?」


 しばらくアイカはなだめるように話した後、電話を切っていた。


「アイカ、明後日のパーティだけど、参加してちょうだい」

「いえ、本当にいきなりでしたね」

「そろそろアイカの、お披露目? まあ、周知させようと思っていた所だったからちょうどよかったわ」

「周知ですか?」

「ええ。明後日、アイカには私のバディとして参加してもらうわ」

「蓮華さんのバディ……」

「そうよ」

「もし何かあったら……」

「私が責任を取るわ。まあ、よほどのことがなければ問題にならないし、させないけれど」

「き、緊張します……」

「そこで無理って言わなくてよかったわ」

「それは……蓮華さんがすすめてくださってますし」

「そうよ。心配する必要はないわ。アイカは私のバディなんだから、私にくっついていればいいのよ」

「そうですね。絶対に離れません」

「服は向こうで……用意されるのかしら? 私のは管理してくれてるはずだけど、アイカの分はあるかしら? あとで確認しておくわ。もし着ていきたいものがあるなら止めないけれど」

「な、ないです! パーティー用の服装なんて持ってません!」

「そこまで気にしなくてもいいけれど、私がドレス着てる隣が、普段着は目立つでしょう。連絡しておくから気にしなくていいわ」

「は、はい!」


 アイカはぶつぶつと何か言っている。まあ、仕方ないかしらね。私が、そうね。明日から学校に行けとか言われたらこうなるかもしれないわ。……そんなことないわね。


「あっ、れ、蓮華さん!」

「なによ」

「店長がサインほしいそうです!」

「……わかったわ」

「私も欲しいです!」

「……何枚でも書いてあげるわよ」

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