第4話 暇人

「あの……」

「あら、おかえりな……どうしたの?」

「いえ、た、ただいまです」


 両手に袋をぶら下げたアイカが立っていた。


「まあ、屋上を使っていいって言ったのは私だし、いいのだけれど」

「あ、あの! 私じゃなくて、その、店長が……」

「アンタのアルバイト先の?」

「その、馬酔木のことを少し話したら持って行けって」

「ふーん、まあ、そうね」


 かなりにおいが強いわね。でも、さすが本職、混ざってもいいにおいだわ。


「明日にでもお礼をしに行った方がいいかしら」

「いえいえ、その、そんなことしちゃうと仕事にならないと思うので、私が伝えておきますね」

「……そう」


 まあ、一般人からすれば魔物と変わらないでしょうしね。


「そういえば、なんですけど」

「なにかしら」

「聞きたいと思っていたんですが、蓮華さんの好きな食べ物って何ですか?」

「それ聞いてどうするつもり?」

「いえ、用意できるものなら今日の夕ご飯にでもと、思ったんですけど……」

「言っておくけど、夕食に関しては本当に要らないから。一口も食べられないわ」

「そうですか。まあ、初日ですもんね」

「あと、食事中に食べるものじゃないのよ」

「え?」

「アンタが聞いたんでしょう? 私の好物」

「そ、そうでした! でも、食事中に食べるものじゃないって?」

「ショートケーキが好きなのよ、私」

「ショートケーキ、ですか?」

「なによ」

「いえ、ちょっと意外でした」

「そうかしら」

「丸焼きとか……あっ、でも、小食なことを考えれば量が少なくてカロリーの高いものの方が?」

「……まあ、そういうことだから、一人で食べて」


 ソファから立ち上がり、背筋を伸ばす。ずっと同じ体勢だったからか、ぽきぽきとどこかが鳴る。


「どこかに出かけられるんですか?」

「テレビを見るのに飽きたから寝るわ」

「もう、ですか?」

「暇だもの。でも、そうね。ここの花、寝る前に運んでおくわ。屋上でいいんでしょう?」

「あっ、えっと。直射日光が苦手な子がいるかもしれないので、食べ終わった後に確認しておきます」

「そ。それは専門外だから、手を出さない方がいいわね。なら、私は寝るわ」

「あの、お風呂とか」

「汗かいてないのに?」

「いえ、流石に……えっと、どうなんでしょう? もしかして本当に汗かかないとか……?」

「どうかしら、でも、私は基本的に、魔物倒した後くらいしか入らないわ」

「ま、まぁ、外国だとそういうのも多いんでしたか?」

「そうなの? 汚いわね」

「……」

「なんでそんな目をするのよ。冗談よ」

「歯磨きはされましたか?」

「……」

「蓮華さん?」

「歯磨きも2日に1回が外国だと普通なのよ」

「いえ、そんなこと聞いたことありませんよ!?」

「1週間に1回だったかしら?」

「絶対嘘ですね! 歯磨きしてください!」

「食べてないもの」

「朝はされたんですか」

「……したわ」

「その顔は嘘ですね!」

「多少磨かなくても問題ないわよ」

「虫歯になりますよ?」

「そうなったら入れ歯にするわ」

「歯は大切にしてください!」

「面倒ね……」

「じゃ、じゃあ、磨きましょうか?」

「は?」

「いえ、何でもないです!!」


 もしかしてちょっと、いえ、かなり変な子なのかしら。


「それにしても、まだ一日なのに蓮華さんのことたくさん知れました」

「何か教えたかしら」

「想像より子供っぽいところとかでしょうか」

「私は元々、誰よりも強いだけの子供よ」

「ふふ、明日ショートケーキ買ってきますね」

「それは素直に嬉しいわ。待ってるわね」

「はい!」


 部屋に戻り、ベッドに身体を預ける。このまま寝てるときに通信が来ないといいけれど。







「蓮華さーん?」


 目を開けて、声の方を見ると扉の隙間から顔だけ出してこちらを見ている。


「おきてるわよー」

「あ、おはようございます」

「おはようー……」

「私、今日は朝からアルバイトなので、そろそろ行きますね。朝ごはんとお昼ごはんは冷蔵庫にあるので食べてくださいね」

「わかったわー」

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃ……」


 ねむい。







 目を覚ます。今日もよく寝たわ。

 部屋を出て、リビングに行くと誰もいなかった。アイカはまだ寝てるのかしら。そうだとしたら起こすのも悪いわよね。

 今まで通り栄養食をかじりながらソファに寝転がる。テレビをつけてもニュースばかりね。ん?


『イクサガミ様にパートナー⁉』


 暇なのかしら、この人たち。

 なんでわざわざテレビを通して自分の姿を見なきゃいけないのよ。


「そういえば……」


 昨日アイカが貰ってきていた花がなくなっている。自分で屋上に運んだのかしら。手伝うって言ったのに。


「暇だし、見に行こうかしら」


 エレベーターにのって屋上に来た。花が並べられている。どれがどんな名前なのかわからないけど。時間もあるし、一つ一つ嗅いでいこうかしら。




 やっぱりアセビが一番好きかしら。初めて花から直接嗅いだから印象に残ってるのかもしれないわね。

 さて、そろそろアイカも起きるかしら。リビングに戻りましょう。



 ん、まだ起きてないのね。まあ、アルバイトで疲れたのかもしれないわね。


「仕方ないのね、ん?」


 冷蔵庫の中にお皿が入っている。その上に紙。


『今日は朝からアルバイトなので、朝ごはんとお昼ごはんを作っておいたので、温めて食べてください。一応伝えたのですが、寝ぼけてたみたいなので、置手紙しておきます。P.S.無理はしなくていいですが、少しは食べてくれると嬉しいです』


 ……不可抗力ね。もう朝食は食べちゃったし。というより、置手紙あるなら見えるところに置きなさいよ! なんで冷蔵庫の中なのよ!


「……テレビ見ましょ」


 今更だけど、確かに誰かとしゃべった気がする。なんて言っていたのかまでは覚えてないけど、アイカの可能性が高い。というより、ほぼその可能性しかない。


「失礼します」

「ええ」


 業者が来た。いつも通りなのでそのままテレビを見続ける。そういえば。


「私の部屋の右隣。いつもの方じゃなくて反対側も掃除しなくていいわ」

「は、はい。かしこまりました」


 自分の部屋に勝手に他人が入るのは気にするでしょう、多分。私はしないけれど。


「あと、私の他に一人住むことになったから、そっちのお願いも聞いてあげて」

「かしこまりました」


 これでいいでしょう。テレビに向き直る。もう昼なのね。


「あの、イクサガミ様」

「どうかしたかしら」

「冷蔵庫の中のものはどうされますか?」


 こいつらは冷蔵庫の中も整理してくれていたみたいね。今までほとんど飲み物くらいしか入ってなかったはず……ああ、そういえばいつも補充されてたわね。


「温めてくれる?」

「どちらをでしょう」


 ……どっちが昼食用なのかしら。


「……両方よ」

「かしこまりました」


 結構、かなり量があるけど、大丈夫よね。たぶん。



 温めてもらい、目の前に置かれた。

 え、量増やしたりしてないわよね。


「……」

「どうかされましたか?」


 しないわよね。流石に。メリットもないし、面倒だし。


「……」


 さて、食べましょう。


「……」


 何事も最初の一歩が踏み出せるかが問題なのよ。食べ始めたら案外大した量じゃないかもしれないわ。



 全然減らないわ……でも、ショートケーキ。そう、買ってきてくれるって言っていたわ。それを考えれば、そう。これを乗り越えればショートケーキよ。





『イクサガミか?』

「なによ。今忙しいんだけど?」

『魔物だ。対処を頼む』

「……今行くから車回しなさい」

『すぐに向かわせる』

「面倒ね……」


 急いで用意をしないと。







「ただいま帰りましたぁ~……」


 ふらふらになりながら玄関をくぐりリビングに来たものの、部屋の中は静まり返ってします。


「蓮華さーん?」


 返事が返ってきません。寝ているのでしょうか。


「あれ、これは」


 テーブルの上に紙が置かれている。


『ちょっと出かけるわ。夕食は多分間に合わないから、一人で食べて』


 ……そうですよね。蓮華さんは本来なら忙しい方です。そして、雲の上の存在でもあります。


『PS.私はあんたみたいに大食いじゃないわ』


 冷蔵庫の中を見てみれば、朝のうちに作っておいたものがなくなっていました。全部食べてくださったのでしょうか。

 その空いたスペースをみて、今日の疲れがどこかに行ってしまったようでした。そして、そこに買ってきたケーキを入れておきました。

 蓮華さんはいつごろ返ってくるのでしょうか。

 そして、P.S.の書き方間違ってます。







「あ、おかえりなさい」

「アイカ? 起きてたのね」

「まだ10時前ですよ」

「ただいま。疲れたわ」

「今ごはんを温めますね」

「無理」

「え?」

「お腹すいてないわ。作り過ぎよ」

「わかってましたけど、本当に食べないんですね……」

「食べたって言ってるじゃない」

「じゃあ、ケーキは明日にしますか?」

「いえ、食べるわ」

「え、でも……」

「別腹よ。早く用意して」

「ふふ、わかりました」


 何のために一日がんばったと思ってるのかしら。アイカがケーキを取りにいったので、テレビを見てみれば私が映っていた。そういえば撮影されてたわね。前にそういうことを言われた気がする。


「本当にテレビでみるとかっこいいんですけどね」


 アイカが切り分けられたケーキを持ってきた。


「なによ、その言い方」

「そういう、頬を膨らましたりするところです。ただの女の子って感じですよね」

「普段と仕事中を比べないでくれるかしら。仕事はただの作業だもの、感情も何もないわ」

「作業……」

「別に油断してるとかそういうわけじゃないわよ?」

「いえ、そういうことを思ってたわけじゃ……そういえば蓮華さん以外あまり放送されませんよね?」

「仕事の話はもういいでしょう。早く食べましょう」

「もう……はい、食べましょう」


 口の中に甘さが広がっていく。食レポなんてできないけれど、これはおいしい。


「おいしいわ」

「そうですか! 喜んでもらえたようでよかったです」

「ええ、買ってきてくれてありがとう」

「いえいえ、蓮華さんは最後に残すタイプなんですね」

「ええ。アイカとは反対ね」


 アイカは真っ先にいちごを食べていた。


「はい。あっ、いちごと言えば」


 フォークをおいてこちらを見てきた。


「今日は大変でした……商店街中に私のことが広まっていて、いろいろ貰ってしまいました」

「大変だったのね」

「他人事みたいに言わないでください! 食べないといけないものもあるんですから、蓮華さんも協力してくださいね」

「そんなに多いのね」

「そもそも蓮華さんに渡してといっていた方もいたので、蓮華さんが全部食べてくださってもいいんですが」

「無茶言わないの」

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