第18話 繋がり
あれから年が明けて、授業も始まった。
あの後、岳や桜木さんに、経過を携帯で連絡して、それで終わりだった。
こう書くと、あの出来事もそんなに大ごとじゃなかった気になってくる。
みんな冷てぇよな。
実は、あの後からみんなとは話せていない。秋戸さんが用があるからと、足早に帰るし、岳は部活に行っちまうし。
秋戸さんに至っては、明けましておめでとう、って連絡にも返答してくれないんだぜ。
あーあ、やんなっちゃう。
「春谷君。」
再試も、終わってから聞いたんだけど、赤点取らなきゃ進級できるって、扱いだったみたいだし。
「春谷君。」
馬鹿みたいだな。本当。
「ねぇ、春谷君、ってば。」
「何?桜木さん。」
「聞こえてたんなら返事してよ。」
「何か用?」
「HR終わったよ。」
「?」
「これから掃除だよ。」
「え、ああ。悪い。」
「何かあったのー?振られちゃった?」
「そんなんじゃねーよ。避けられてるだけですよー。」
「振られてんじゃん。」
「ば、ばうわう。」
「うわぁ。」
周りからの視線が痛い。
これ以上はやめとこう。どんどん僕のクラスでの立ち位置がおかしくなっちゃう。
もう帰ろう。鞄に手をかけて、寮に向かう。
「ねぇ、何があったのー。避けられてるけどー。」
「あのさ、掃除じゃないの?」
「?私違うよ。」
「そう、それじゃ。」
「あー、もうじれったい。」
そういって、無理やり僕の手を引っ張っていく。
「え、ど、何処行くの?」
「秋戸さん家。」
「え?」
それって…
「女子寮。」
「いやいやいや。」
「大丈夫、誰かに出会したら説明するから。」
「何て?」
「…逢引。」
「いやいやいやいや。」
そんなのむしろ悪化する。
「はい、着いたよ。」
「はい?」
そういって、桜木さんはインターホンを押す。中から「はーい。」という声が聞こえる。
「じゃ、後よろしく。」
そういうや否や、桜木さんは、そそくさと行ってしまった。
「えええ。」
「はーい。」
そういって扉が開かれる。
まぁるい瞳がさらに大きくなる。ああ、やっぱり綺麗だなぁ。うん、三つ星。
バタン、勢いよく扉が閉まる。
「ななななななんで。」
① 事情を説明する。
② 中に入れて。
③ 迎えに来ました。お姫様。
ああ、ふざけた選択肢が前に浮かぶ。
言うべきことはそんなことじゃない。
「何で、避けるの?」
「さ、避けてなんかない。」
「だったら、何で…」
長い沈黙の後、彼女は堰を切ったように話し始める。
「だってさ、紡が来るの、子供の時の、あのことが原因でしょ?」
その言葉は、意外なものだった。一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
「覚えて、いるの?」
彼女は、言葉を繋げられない様子だった。
ふと、ある言葉が思い浮かぶ。
「記憶が戻った際のことですが...おそらく、戻った際は本人には、全く実感は湧きません。」
ああ、実感がないから、言えないのかもしれない。
だったら、僕が紡ごう。
「もしかして、僕が俯いていた時に、励ましてくれたこと、覚えているの?」
相手の、泣きじゃくりながらそれに肯定する声が響く。
「当てよっか。」
「え?」
「本当にあったのか、不安なんでしょ?」
小さく、うん、と聞こえた気がした。
「だから、答え合わせ、しよ。宿題の。」
返答は聞こえない。聞こえるのは悲痛な喘ぎ。
「中に、いれて。」
自分でも不思議なほど落ち着いていた。
期限はだいぶ伸びたけど、ようやく、やって来てくれたみたいだ。
目を赤く腫らした彼女が、扉を開けて、こちらに顔を出す。
彼女の身体に手を回し、一緒に部屋に入る。
泣きじゃくる彼女に対して、自分との話を、僕の目線から伝える。
様子を伺ったところ、全部、全部、思い出してくれたみたいだ。
「それで、あのことが原因、ってどういうこと?」
泣き止んだ彼女に、そう呼びかける。
「…私が、ああ言ったから前を向けた、っていう恩義で私に…」
「私に、何?」
これは、言わせないと駄目だと感じた。
「好意を、感じただけ。」
恩義で好意を向けただなんて、あまりに失礼だ。
「もちろん好きだよ。」
「ッ、だから、それはッ…」
こちらを強く睨む眼に怯まずに、こちらも相手をじっくり見つめる。
「あの時の僕に、手を差し伸べてくれる優しさがある人、君以外にはいなかった。」
相手の眼がまぁるく光る。その瞳に見惚れながら囁く。
「それも含めて、全部好きだよ。」
「だって、私、病気だよ。」
「それは、関係ない。」
「だって、私、子供、産むの、負担がかかるって、お医者さんに、言われたし…」
「それも、関係ない。」
「関係なくない。もっともっと他にいい人、いっぱいいるのに。」
「じゃあ、僕が種無しの病気持ちだったら、僕のこと、嫌いになるの?」
僕が言っていることは、ただの揚げ足取り。醜い足掻きだ。でも、それに命をかけよう。
貴方が前を向けるのなら。
「それは…」
もう、相手の弾は尽きた。
「愛してる。」
もう、お互いに、我慢出来なかった。
「ねぇ、何で、私が、好きな人がいる、っていった後も、来てくれたの?」
「ん?他に好きな人いたの?」
「いや、いなかったけど…」
「嫌い、って拒絶されてたら、話は違ってきたけど、それくらいなら、別に大したことない。」
「そっか、ありがと。」
「こっちこそ、ありがと。」
「何が?」
「朝ご飯、美味しかった。」
「そう。良かった。頑張った甲斐がありました。」
「しょっぱかったけど。」
「え?味、濃かった?」
「ううん。振られた、って思っちゃったから…」
「そっか。じゃあ、もう、そんなことしない。」
「うん。」
「だから、ずっと、一緒にいて。」
「うん。」
「私が、もし、もう一回忘れちゃったとしても、絶対一緒にいて。」
「うん。」
「私が、拒絶しても、絶対離れないで。」
「それは、厳しいかなぁ。」
「ええ。」
「だって、嫌いって言われたら、流石に悲しいからなぁ。」
「そっか...」
「だから、覚えてて。」
「え?」
「記憶には残らなくても、思いは残る。」
「ん。」
「だから、僕を好きだってことは、絶対に残しておいてね。」
「分かった。約束する。」
気が付けば、辺りはすっかり暗くなっていた。
ここは、女子寮、見つかったら、えらいことになる。
「紡、私が気を引くから、こっそり行ってね。」
「あ、ああ。」
そういって暗い中、彼女が先導してくれる。
危ないシーンはいくつかあったが、なんとか切り抜けられた。
「それじゃね、紡。」
「じゃあね、佳奈ちゃん。」
「「また明日。」」
結局、色々と聞きそびれてしまった。でも、それを補って余りある充足感だった。もう、悩みも不安もなくなった。
願わくば、この幸せが、ずっと続きますように。ずっと、ずっと辛い思い出ばっかりだったから、それでも良いよね、神様。
貴方が前を向けますように 古日達 奏 @kanade_kohitachi
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