&α 昇る月.
丘の上。
月。
円くて、大きい。
ノートブック。通話の画面が、開く。
『もしもし。通じてますか。月からお送りしています。もしもし』
「きこえてます」
位置情報。
ハーフムーンベイ。
「月って、都市のことだったんですね」
『手術は違うところだったんですけど、リハビリは景色と海のあるところがいいからって、ここになりました』
画面が切り替わる。
『見て見て』
海岸線。草原。空。紅く染まっている。
「綺麗な景色だ」
『そっちは?』
画面を、上に向ける。
『うわあ。きれいなお月さま。そっか、そっちはもう秋ですもんね』
「あなたが急に、月に行くって言ったから」
『だって。腕のことも、言えなかったし』
「まあ、いいです。こっちは20時ですけど、そっちは」
『朝の四時です。これは朝焼け』
画面が、戻る。彼女の、顔。ちょっと、白い。
『あなたの顔は?』
画面を、戻した。顔のかわりに、ノートブックの画面を切り替える。
『あっ。これ。お月さま』
「あなたのために、描きました」
『うれしい』
「あとで、送っておきます」
『この前の配信も。見ました。描けるように、なったん、ですね』
彼女を探すための、配信でもあった。ちゃんと彼女は見つけてくれて、こうやって通話ができる。
「あなたのおかげで。また、描けるようになりました」
『うれしいです。あの』
「はい」
『一回の配信で、ええと、どれぐらい、その、投げ銭とか。なんかすごい接続数でしたよね?』
「あっ、しっとしてます?」
『いいえ全然。しっとなんて』
「そうですか」
『顔を見せてください』
画面を戻して、カメラを自分の顔に向ける。
『あなたの顔だ』
うれしそうな、彼女の顔。
「しんどい、ですよね」
『ほんの、すこしだけ。今まで繋がってなかった右腕が、繋がってるので。血が足りないです』
思いきって。
「僕も、そっちに行きましょうか?」
『え』
「配信でお金もできて。余裕があるので。あなたの、隣に」
こんどは。自分から。
『来ないで、ください』
彼女の、せつない顔。
『あなたに来られたら、離れられなくなるから。つらいリハビリを、がんばれなくなるかも』
「ごめんなさい」
『ありがとう。でも、必ず治して、また、あなたのところに。行きます。それだけを心に決めて、血の足りないリハビリの日々を、生きます』
「待ってます。ここで。あなたを」
『月の絵。だいじに、します。つらくなったら、見ます』
「もっと、色々、描いて送ります」
『うれしい』
夏の残心、昇る月 春嵐 @aiot3110
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