第152話 カサン語大会 15
テントの仮設診療所にヒサリと生徒達が着いた時、一番奥の寝台の傍らでトンニと医師が話をしていた。寝台に寝ているダビは、少し体を歪めながら、無理やり上半身を起こした。
「そのままゆっくり寝てなさい! マルとメメとシャールーンがあなた達の代わりを立派に務めましたよ。テルミは優秀選手の五位に選ばれました」
「ということは、優勝は出来なかったんですね! 第三学校の連中に負けたんですね!」
「てめえ、そんな言い方するな! マルはすげえスピーチしたんだ! そしたらカサンの連中はみなびびっちまってマルに賞をやらなかったんだ!」
ナティが噛みつくように言った。
「こんな所で喧嘩はおやめなさい!」
ヒサリはナティを制止しながらも思った。
(ナティの言っている事は正しい。本当にこの子達ときたら、周りをびっくりさせてくれるんだから! この子達、本当に妖怪に不思議な力を与えられてるのかって程! でもそんな妖怪ならとても素敵だわ!)
こんな事を考えているうちに、ヒサリの顔に自然に笑みが浮かんでいた。
「先生……」
マルはいぶかしげにヒサリの顔を見上げていたが、イボの奥の瞳がキラキラし始めたのが分かった。
(ああ、この子は喜んでる! 私が笑うとこの子はすぐ嬉しそうにするんだから!)
ヒサリは急に恥ずかしくなってマルから目を逸らした。そしてダビ、テルミ、メメ、シャールーン、ラドゥ、アディ、ミヌー、トンニ、カッシ、ナティを見渡して言った。
「今日は私の友人が馬車を手配してくれることになってます。大きな馬車ですよ。みんなで一緒にスンバ村に帰りましょう」
「馬車!」
「すごい、馬車だって!」
生徒達の歓声が上がった。マルは黙っていたが、彼のまなざしが、じっと自分に注がれていることがヒサリには分かった。
「さあ、今日は戻ったら、みんなで一緒に食事をして、ささやかなお祝いをしましょうね」
「酒だ、そんなら酒がいるな」
ダビが言った。
「まあ、酒だなんて!」
「大丈夫です。トンニの薬が効いて痛みはだいぶ取れましたから、酒ぐらい飲めますよ」
いや、そういう事ではなくてあなた方はまだ子ども……と言いかけたがみんなすっかりその気になっている。
「じゃあ私が持って来ます。人面獅子を退治した時の格別強い酒を」
「俺はコオロギの練り味噌と焼いたヤモリな」
ラドゥに続いてナティが言うと、生徒達が次々得体の知れない自分の得意料理の名前を口にし始めた。
「黄金獅子の睾丸漬けが家にあります」
「妖鳥ワムの卵焼き作ってきます!」
「お喋り花の花粉団子持って来るわ!」
「人魚の鱗揚げて来ます」
ヒサリは何だか目が眩みそうになった。そうだ、今日は彼らの食べ物を色々教えてもらう日だ。
「先生……」
マルがそっと囁くように言った。マルはヒサリが妖人の食べ物を食べられるか気にしているのだろうか? それとも自分は何も料理が作れないと気にしているのか?
「ありがとう」
ヒサリは生徒一人一人を見渡し、最後にマルの方を見ながら言った。
「楽しいお祝いになりそうね。マレン、お祝いの席で、いつかあなたが書いてくれた、いつでもお粥が出来る魔法の鍋の話をしてちょうだい。そうしたら完璧ね」
「はい!」
そう答えたマルの澄んだ声が、ヒサリの
胸に鈴のように響いた。
妖怪の村の小さな学校 アジェンナ国物語~少年少女編~ 完
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