第149話 カサン語大会 12

 次の競技も、五校ずつが呼ばれて代表の生徒が弓を引き、上位の二校の学校の生徒だけがスピーチをすることが出来る。

(シャールーン、どうかさっきみたいに上手に弓を射てちょうだい!)

 ヒサリは両手を組んで神に祈った。

しかし、マルは大丈夫か。人前で自分の意見を言うなど、あの子が最も苦手とするところだ。なぜならマルはとてもアマン人らしい子だから。この国にはカサンに負けない程豊な詩や物語がある。けれどもスピーチは存在しない。人々は控えめで温和。自分の意見を言う事は恥とされている。ナティやダビのような子は珍しいのだ。マルは天真爛漫な子だけれど、自分の考えや要求を口にする事などほとんど無い。ヒサリは柵をつかんで既に背中が遠くなったマルに向かって叫んだ。

「ハン・マレン! あなたは自分を卑しい、などと思ってはいけません! 自分の意見を言うのを恥ずかしがってはいけません。あなたの思う事を私やここにいる皆に話してちょうだい!」

 マルは一度立ち止まり、ヒサリの方を振り返った。それから再び前を向いて走り出した。

 カサン第四学校は、四行詩の競技では一番に呼ばれたのにスピーチの競技ではなかなか呼ばれなかった。待つ間、何人もの生徒が壇上に上がった。しかしヒサリの聞く限りどれも「スピーチ」と言えるようなものではなかった。「カサン帝国の精神」の本に書いている事をそのまま喋る子がほとんどだった。仕方のない事だ。この国には「スピーチ」などは無いのだし、教師もこの国の子ども達が自分の意見を述べるように指導していないはずだった。

(マルは何を言うだろう? 今、生徒達のスピーチを聞いて『カサン帝国の精神』の教科書に書いてあるような事を言わなければいけないのかと混乱してるかもしれない)

 カサン第四学校はなかなか呼ばれなかった。今、マルがどんなに緊張していることか。もしあの子が皆の嘲笑を浴びるようなことになったら、と思うといてもたってもいられなかった。シャールーンに的を外して欲しい、という思いが一瞬よぎった。

(ダメよ! 教師が生徒の失敗を願うような事! あの子達を信用しなければ!)

 ついにスンバ村第四学校が、第三学校と共に呼ばれた。最終組だった。シャールーンを含め五人の生徒が決められた位置に立った。大会を通じ弓技に出る女子生徒はシャールーンしかいない。

(全く、マルにもシャールーンにも本当に驚かされる! びっくりする事をやってくれるんだから!)

 シャールーンの弓は正確に的の中央に当たった。エルメライの矢も的の中央近くに当たった。他の学校の生徒三人は的を外した。これで決まりだ。最後のスピーチに出るのはエルメライとマルだ。会場は興奮に包まれていた。なにしろ女の子が見事に的を射抜いたのだから。

 先に呼ばれたのはカサン第三学校だった。ヒサリはエルメライが壇上に上がるのをじっと見詰めていた。

(凄い子だわ! 弓も引くしスピーチもするのね。この文武両道の優等生さんは一体どんな話をするのかしら)

 さすがに、いつも自信満々の村長の子もいくらか緊張しているようで、エルメライは壇上で少しの間立ち尽くしていた。そして大きく深呼吸をして話し始めた。最初、声は小さく掠れていたが、だんだん明瞭になっていった。

導入は巧みであった。他の生徒達が教科書をそのまま引き写したような事を言うだけだったのに対し、彼は自分が半年前に北部の大都市マラータイに行った時の体験を話した。発音も良く、滑らかだった。自らの目で見たマラータイがどれ程進んだ土地であるかを述べ、それに比べてスンバ村がどれ程遅れているかを、街の様子から人々の生活習慣、勤労意欲など例を挙げつつ具体的に語った。南部をぜひとも発展させなければならない、そのためにはカサンの高度な技術を学ばなければならない、と語った。自分自身の体験をもとに、視野を南北の格差にまで広げているのは見事であった。エルメライはカサンの発展した文化や技術を称えた上でこう言った。

「しかし我々がそれを学ぶだけでは足りません。私達が本当に学ぶべきなのはカサン人の精神なのです」

 ここでエルメライは、自分が北部の人間に会う度にいかに屈辱的な思いをしてきたか、という事を語った。ピッポニア帝国支配下において特権を享受し享楽的な生活を送ってきた貴族たちの存在を指摘し、皆が平等なカサン帝国臣民としての自覚を持たない限りアジェンナ国の発展は無い、という事を力強く述べた。ヒサリは彼のスピーチを聞きながら複雑な思いを抱いた。

(これはどういうことかしら? この少年は差別の理不尽さを理解している。それなのに、なぜうちの学校の生徒に対して傲慢な態度を取るのだろう? 賢そうに見えるのに、自分の言っている事とやっている事の矛盾が分からないのか?)

 しかしスピーチの内容は文句なしに良かった。彼は恐らく、今大会の最優秀生徒に選ばれるだろう。

「あの子、大したもんですね」 

ヒサリは隣のテセ・オクムに言った。

「シム・キイラ先生の教え子です」

「そうだ」

 テセ・オクムは頷いた。

「あの子と一緒にさっき詩の暗唱の競技に出た少年が、タガタイ第一高等学校に進学を希望している」

「なんですって!」

 ヒサリは驚いた。タガタイ第一高等学校。それはカサン帝国によるアジェンナ統治機構の高級官僚を養成するための超エリート校だ。

「でもあの学校に入れるのはカサン人官僚の子弟だけでは?」

「ところが今年から新たにアジェンナ人も受け入れる事に決まったのだ。とはいえ、入れるのはほとんどタガタイかその周辺に住む貴族か士族の子ばかりだろうがね。こんな南部の片田舎の子が入れたらそりゃあもう大変な快挙だよ。シム先生の鼻は天に届く位伸びるだろうね。ハッハッハ」

「……なんだか夢のような話ですね。でもそれが現実になったとして、彼は相当苦労するでしょうね。ここのように威張ってわがままに過ごすわけにはいかないわ」

 ヒサリは言った。そうだ。仮に入学出来たとして、「牢獄より厳しい」と言われるあの学校生活に耐えるのは至難の業であるはずだ……。


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