第148話 カサン語大会 11
その後、点数が発表された。エルメライ達のカサン第三学校が二十五点、あとの学校はみな〇点だった。それを聞いた観客からどよめきが起こった。あのイボイボの子と色黒の背の高い子の学校は〇点なのか? なぜだ?
「イボイボだからだ。イボイボの妖人じゃ、いくら頑張っても0点さ」
ヒサリの背後から、こんな囁き声が聞こえた。
(そうじゃない!)
ヒサリが怒りの余り振り返ったその時だった。
「先生! 先生!」
マルがヒサリのいる客席に向かって走ってきた。遅れてメメとテルミとシャールーンも。マルはヒサリとの間の柵に手をかけ、悔しさをぶちまけるように言った。
「……どうして……どうして私達が0点なんですか!」
穏やかなマルに似合わぬ激しい口調だった。マルは興奮のあまり、人が大勢いる前にもかかわらず頭巾を脱ぎ捨てた。
「あなたが正しい答えを言わなかったからです」
「そりゃあ私の詩は下手だったと思います。でも、サンは有名な詩をそのまま言っただけじゃないですか!」
「それこそが求められている答えなんです。あなたはただ、有名な詩の後二行をそっくりそのまま答えればよかったんです」
マルは息を呑んだ。
「そんな……! 詩を覚えてそのまま言うだけなんて……そんなの誰でも出来るじゃないですか!」
マルは納得がいかない、というようにあふれ出た涙をイボだらけの手で拭った。
「いいですか。あなたは生まれながらの詩人です。あなたにとって詩を覚える事は簡単でしょう。でも他の子にとってはそうではありません」
マルはヒサリの顔を見上げたまま、ハッとした表情を見せた。
「……そうでした……」
次の瞬間、マルはいつもの控え目なマルに戻っていた。
「メメ、ごめん。メメがせっかく頑張ったのに……」
「ううん。俺は面白かった。カサンの弓ってすげえな。引けば引く程力が沸いてくるみてえだ」
メメはあっさりと言った。
「いやあ、それにしても大したもんだ。詩を聞いてその続きを即興で作るとはね、普通出来るもんじゃないよ」
テセ・オクムがそう言った時、マルは初めて彼の存在に気付いてあっと小さく声を発した。少しの沈黙の後、頭を下げた。
「先程は……どうもありがとうございました……せっかく中に入れてもらって……私がそそっかしいせいでもう優勝出来ません。テルミもメメもあんなに頑張ったのに……オモ先生に名誉をあげる事も出来ません」
「君のパフォーマンスを見れば、オモ先生がどれだけ素晴らしい先生かが分かるよ」
ヒサリはテセ・オクムの言葉を聞きながらそっと首を振った。
(そうじゃない。確かに私は子供達を伸ばすためにありとあらゆる努力をしてきた。でもこの子は……こんな奇跡の子を産み出したのは母親、そして神様に他ならない……)
「もし、優勝出来なくても、次のスピーチを頑張ればオモ先生に名誉をあげることが出来ますか?」
マルがテセ・オクムに向かって真剣に訪ねている。ヒサリはそれを聞いて少年を叱りたくなった。
(なんというバカなことを! 名誉とは私にくれるものではないのですよ!)
しかしそれよりも先にテセ・オクムは豪快に笑い出した。
「ハッハッハ! 君のスピーチはさぞかし素晴らしいだろうねえ。聞いてみたいもんだ」
「スピーチは自信ありません……私のような者が、人様の前で自分の考えを言って良いものか……」
マルがそう言って頭を下げたとたん、ヒサリは柵を握り締め、額をぴったりとそこに付けて言った。
「ハン・マレン、遠慮することはありません。あなたは美しい詩は文章を書けるだけでなく、しっかり、自分でものを考えられる子です。うまく出来なくて当然です。練習してないんですから。失敗しても怒りませんよ。でも自信が無い、恥ずかしいとここで辞退するのは許しません!」
ナティの声も響いた。
「やってみろよ! ここにいる連中に向かって言いたいこと言ってやるチャンスじゃねえか!」
「そうだ、お前なら出来るさ!」
ラドゥも言った。
「そんな風に言われると『緊張』の虜になってしまう」
マルは俯いたままつぶやいた。
「特別な事だと思う必要はありません。あなたはこれまでたくさんの物語をしてきましたね。偉大な英雄たちや身近な村人達の。今日はあなたの物語をするのです。
「……はい……」
マルのイボの奥が微かに光ったようだった。
「それじゃ、行こうか」
マルはシャールーンを促しクルリと踵を返した。
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