第143話 カサン語大会 6

 会場の中は、真ん中が円形の広場になっていて、そこに壇や椅子や机が置かれている。周りをぐるりと客席が取り囲んでいて、もうすでに半分程度埋まっている。子供達のグループがあちこちに見えたが、彼らはみんな同じ学校の出場者を応援しに来た子ども達だろう。

ヒサリ先生と一緒にシャールーンとメメが大会に出るために行ってしまうと、残りのラドゥ、ナティ、アディ、ミヌー、カッシ、マルの六人は、まとまって座れる席を探した。

「おっ、あそこが空いてるぜ」

 ナティが前の席の方にどんどん歩いて行く。他の五人も後に続いた。六人が座ろうとした時、背後からこんな声が聞こえた。

「シム先生! 汚い物乞いの子があんな所に入り込んでます!」

 ナティはサッと声の方に振り返ると、立ち上がり、声を発している子をつかみかからんばかりの勢いで詰め寄った。

「てめえ、そんなこと言っていいってお前の先生は教えたのかよ!」

 ナティに責められた少年は、まるで暴行の被害者のような怯えた表情をして見せた。その時、

「警備員!」

 その瞬間空気を裂くような声が響き渡った。声を発したのは子ども達の傍に立っている女の人だった。マルは一目で、この人は子供達の引率している女の先生だと思った。ヒサリ先生と同じ軍服を身に付けている。しかしヒサリ先生とは似ても似つかなかった。背中にはまるで蛇のような恐ろしい鞭が見えた。そして顔に何も付けていないヒサリ先生と違い、白い粉をはたき、赤い口紅を塗っていたが、その顔はまるで吸血鬼のように見えた。一人の男がナティの首根っこをグイと掴んだ。警備係らしいその男はその筋骨たくましい体つきと口ひげから、遠い国から来たネンネムン人であろうと思われた。アマン人の平民様は「穢れた」妖人に決して触れたりしない。

「ちょっと待ってください!」

 ラドゥはナティを捕まえている男とそれを命じたカサン人の女の先生に抗議をした。

「そもそも彼が先に、おら達の事を汚いと言ったんです」

 マルは顔を隠す頭巾を被っていたけれど、自分達の小競り合いに対し周りの人々がとげとげしい視線を向けている事はよく分かった。マルはただただその場を立ち去りたい一心でラドゥの後ろに小さくなって立っていた。

「あなた達! 何をしているんです!」

 ヒサリ先生の声が聞こえた。マルは素早くそちらに顔を向けた。

「この子を離して下さい! 私はこの子の先生です!」

 その強い言葉に、警備の男はサッとナティを離した。ヒサリ先生は直後、全員を抱き寄せるように大きく腕を広げて言った。

「みんな、いったん外に出ましょう。あなた方に伝えなければならない事があります」

 先程、カサン語大会に弓術の競技があると告げた時よりもさらに暗い声音と表情だった。生徒達は一体何があったのかと顔を見合わせた。そして黙りこくったままヒサリ先生の後について行った。

 会場の外で、テルミが真っ赤に泣きはらした目で立っている。生徒達は全員驚いた。

「先生、何があったんですか?」

 テルミの傍までやって来た先生は、サッと皆の方に向き直って言った。

「ダビが、何者かに襲われて怪我をしました」

「ええ!」

 生徒達皆が、驚きの声を上げた。

「ですから我が校は今日の大会への出場は中止です」

「おいおい、ダビは生きてんのかよ」

 とナティ。

「命に別状はありません。ただ腕が折れているようで、たいそう痛がっています。今、そこの仮設の診療所で先生に診てもらっています。トンニも私もついているので心配はいりません。ただあなた達も危害を加えられるかもしれないので、出場は取り止めです」

「一体誰がそんな事したんですか」

 とラドゥ。

「分かりません。それに今はそれを詮索する時ではありません。ともかく、私はこれからダビの様子を見に行きます。あなた達、すぐにスンバ村に戻りなさい。いいですか、皆一緒に帰るんですよ」

 そう言ってヒサリ先生は歩き出した。生徒達は少しの間そこに立っていたが、ヒサリ先生に言われたように帰ろうとはせず、自然にそのままヒサリ先生について歩き出していた。やがて、しょんぼりと下を向いて歩くテルミに追いついたナティは、テルミに言った。

「やった連中は大体想像つくよ。エルメライの手下みたいなやつだぜ、きっと。ダビはだいたい目立ち過ぎるんだよ。平民様よりいい格好してるんだからな。いつかやられるって思ってた」

「おい、今そんな事言うなよ」

 ラドゥはナティをたしなめた。

「だって俺は何度もあいつに忠告してやったぜ。だけどあいつ、聞きゃしねえんだから!」

 やがて、テルミが肩を震わせてすすり泣き始めた。

「悔しいよ……おら、悔しいよ……」

 マルはとっさにテルミの背中を撫でた。するとテルミは、こらえきれなくなったのか、「うわーん、うわーん」と声を上げて泣き出した。

「悔しいよ……あんなに一生懸命やったのに悔しいよ……」

 マルは、友の泣き声が自分の胸に寄せる熱い波のようだと感じた。


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