第130話 人面獅子退治 9
マルが人面獅子の死骸のある場所に戻ると、既に死体の解体が始まっていた。
トンニとその両親や兄弟、他に何人かの者が死骸を取り囲み、手にしたナイフを振り上げ、ズドン、ズドンと振り下ろしている。彼らの顔も体も血を浴びて真っ赤だった。しかし、先程とはうって変わって陽気なお祭り気分が周囲を包んでいる。なんと、ロロおじさんまでいる! ロロおじさんの連れてきた楽師達が太鼓を鳴らし、笛を吹き始めた。
(ここでこんなにはしゃいだら、平民様が怒らないのかな?)
マルは心配になった。
(……でもきっと、ラドゥが何とかしてくれるんだろうな)
なにせ、今日のラドゥは凄かった。農民達がみんなラドゥの言う事を聞いて、妖怪退治を手伝ってくれたんだから!
やがて、どこからか、
「ポン! ポン!」
と花火の上がるような音が聞こえてきた。農民様もひと恐ろしい人面獅子が退治された事を祝っているのだろう。そしてラドゥがそっと一人立ち去って行くのが分かった。これから農民達のお祝いに加わるのだろう。ああ、農民達も妖人達も、一緒にお祝い出来たらいいのに……! マルは心からそう思った。
「おい、マル!」
ロロおじさんの声にマルは振り返った。
「お前もここに来て、歌え」
マルはこの時、とっさにさっきバダルカタイ先生に言われた事思い出した。
(歌う事は大切な事……そうだ、今はきっとそういう時だ。だってみんな心から喜んでいる時だもの。歌った方が楽しいに決まってるもの)
マルは人面獅子の死骸の傍まで進み出ると、周りに向かって一礼し、ひょこんとあぐらをかき、背中のスヴァリを両腕に抱えた。自分では弾くことは出来ないけれど、ポン、ポン、と叩いて拍子を取ればスヴァリが勝手に歌い出す。
「『森と太陽が飲み交わす祝い歌』ってあるでしょ? あれ歌ってよ!」
スヴァリが言った。
「よし、分かった」
マルは周りに向かって一礼し、
「それでは歌います」
と言った。すると楽師達はさっそく伴奏を始めた。マルが歌う間も、人面獅子のコウモリのそれに似た形の翼が切り落とされてゆく。
「こりゃあ重い! まさに鉄そのものだ!」
トンニの父さんが言った。トンニやきょうだい達がそれを叩くと、本当にカンカンと鉄のような音がした。翼はゴロン、と地面に置かれた。次に、トンニの父さんはシャールーンを見て頷き、人面獅子の首を指差した。するとシャールーンは人面獅子の首に向かってそれを振り下した。
「やれ! やれ! 小娘!」
「小娘じゃねえ! 水牛娘だ!」
周りの者はそう言って囃し立てた。シャールーンは無表情に数回斧を打ち下ろした後、黙って斧をトンニの父ちゃんに渡した。トンニの父ちゃんも斧を振り上げ、打ち下ろした。斧は次々とトンニや母ちゃんやきょうだい、また他の人達に渡って行った。マルはその間ずっと歌っていたが、人面獅子の頭が完全に切り落とされた時に、フーッと息を吐き、歌うのを止めた。そして人面獅子の、斜めになって地面に転がっている頭を見た。巨大な人間の生首が転がっているようだった。ついさっきまでその首は人間の卑しさ丸出しに「若い女の肉を食わせろ~」と叫んでいたのを想い出した。退治出来て、心より嬉しい、という気持ちにはなれなかった。先程のマルの胸に、さっきのバダルカタイ先生の言葉が蘇ってくる。森が変わってしまったから人面獅子がこんな所まで出て来たのだ。という事はこの先もまた、こんな恐ろしい妖獣が村を荒らし回るかもしれない……。
木の下の木陰で横になっていたナティはいつしか体を起こし、木にもたれかかったままぼんやりと宙を見ていた。マルは、ナティはこれからどうなるんだろう、と思った。ナティが自分が女の子だって事を隠していたのはプシー姉さんみたいにお嫁に行きたくないからだろう。でも女の子だってばれてしまったから、お嫁に行かなきゃいけないんだろうか? それからヒサリ先生の事を思った。ヒサリ先生ももうじきあの男の人と結婚するんだろう……。そう思ったとたん、マルの心の中は、急にしん、と森の奥のように静まり返った。
「さあ、マル! 黙ってちゃいけねえ! 一つ歌い終わったらまた次を歌うんだ。場がしらけちまう!」
ロロおじさんからそう言われ、マルは慌てて別の歌を歌い始めた。自分の体を覆うイボイボを隔てて外側はますます賑やかになって行くのに、内側は静寂がどこまでも広がって行く。
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