第126話 人面獅子退治 5
「え、どうするの?」
「マル、お前とずっと一緒にいたからかな。近頃、俺もちっとは妖怪の言葉が分かるんだよ。奴と話してみる」
突如、何かゴロゴロというものすごい地響きが周囲に響き渡った。マルは、人面獅子が暴れ出したのではないかと思った。しかしマルが目にしたのは思いがけないものだった。農民達が、台車に大きな、人が二、三人は入れる程の巨大な樽を乗せて水牛に引かせて運んで来たのだ。先頭に立っているのはラドゥだった。ラドゥは、木立の中に集まっている妖怪ハンター達の方に向かって言った。
「村じゅうからありったけの酒を集めてきた! これだけあれば人面獅子が酔いつぶれるに足りるか!?」
妖怪ハンター達は皆驚きの余り顔を見合わせた。平民様が我々妖人に協力を申し出るとは! ナティがサッとラドゥに向かって言った。
「ありがとよ! へへえ、さすがのラドゥ様、やるじゃねえか! 酒の量はこれで足りるんじゃねえかな。問題はどうやって飲ませるかだ。奴は酒よりも肉が好きなんだ。一番の好物は人間の肉さ。ほら見ろ! 妖獣の肉を食い終わってもう次を欲しがってる!」
どす黒い人面獅子の顔の中で、目だけがまるで燃えているように真っ赤だった。そして、まるで洞穴の奥から響くかのような声で
「肉をくれー、肉をくれー!」
とわめくのを、マルははっきり耳にした。
「死んだ妖獣の肉なんかで誤魔化すなー! 人間の肉を食わせろー!」
大きく振り回した尾の先から毒矢がシュッと吹き出し、木に当たった。木は一瞬にしてシューッとすさまじい悲鳴のような音を立てて真っ黒に朽ち果てた。見ていた者は
「ああっ」
とかすれた息を吐いた。恐怖のあまりまともに声も出せないのだ。
「どうしよう! 人間が食べたいって言ってるよ!」
「人間の肉ならある!」
メメはそう言って、自分が運んで来た荷車を指さした。そこにはござの下から死体の足が何本か突き出しているのが見えた。
「だめだよ、かわいそう!」
マルは思わず口走った。
「かわいそうなもんか! 死人達も自分の死骸が役に立てば死人冥利に尽きるってもんさ!」
ナティは言い放った。死体を乗せた荷車はさっそく妖怪ハンター達によってゴロゴロと人面獅子の前に押し出された。人面獅子はそれを目にするやいなや、まるで荷車ごと壊さんばかりの勢いでガシュガシュと貪り食い始めた。赤い肉片が四方に飛び散る。マルは思わず目を覆った。
「いいんだ」
メメがボソリと呟くのがマルに聞こえた。
「あの死骸は行き倒れになった妖人だ。生きてるうちにさんざん酷い目にあったんだ。死んで食われたってどうってことない」
マルは思わずメメの方を見た。
この時、ナティが舌打ちした。
「しまった! 農民達が持って来た酒樽の中に肉を入れりゃ良かったんだ! そうすりゃ肉食ってる間どうしても酒を一緒に飲む事になるから! メメ、死体はもう他に無いのか?」
「もう無い」
人面獅子は瞬く間に骨も残さず食べつくした。しかしそれでもまだ飽き足らないという風にグルグルと首を回し、目を赤く燃えるように光らせている。
「肉だー! 肉を食わせろー! 死んだ人間の肉でごまかすなー! 生きた人間の肉を食わせろぉぉぉぉぉー!」
「どうしよう、ナティ、生きた人間が食べたいって言ってる!」
人面獅子は左右に大きく尾を振った。尾からピシッピシッと何本もの黒い矢が吹き出し、遠くの木立の木々までが真っ黒になってシュウシュウと煙を立てている。
「おいおい、どうするんだよ!」
皆はざわめき立てた。もう一刻の猶予もならない。ナティはサッとマルの方を振り返って言った。
「マル、お前の頭巾を貸してくれ」
「!?」
「イボイボのお前の匂いの付いた頭巾を被ってると、あいつは俺を食わない。そうだろ?」
「そんなの分かんないよ!」
「いいから!」
ナティはマルの着ているボロの隙間から覗いている頭巾を奪い取ると自分の頭に被り、農民達の運んで来た酒樽の方に駆けて行った。
「待って! やめてよ! ねえやめて!」
その声も出ぬままナティを追いかけたその時、マルの耳ははっきりと聞きとった。冷やかさと熱とが混ざり合った、あの凜とした声を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます