第124話 人面獅子退治 3

 マルとトンニが並んで進んで行くと、視界の先に、農民達が大勢集まっているのが見えた。

彼らを前に、一人の若者が拳を振り上げて話をしている。それがラドゥだと気が付いた時、マルは驚いた。彼の普段の穏やかな様子は消え失せ、厳しく強い調子で人々に向かって声を張り上げている。

「妖怪退治を妖人達だけにさせておら達が逃げてもいいのか!? おら達が耕した土地じゃねえか! おら達が守らねえで、どうする!」

「おい、年上の人間に向かってその口のきき方はなんだ!」

「そうだ! 若造! ちょっと物知りだからって調子に乗りやがって!」

「ラドゥがやたら物知りなのは妖人学校に行ってるからさ。ラドゥも半分妖人なんだろうな!」

 こんな悪口はラドゥの耳にも入ってるに違いないのに、彼は全く動じる気配は無く、言葉を発し続けている。

「いいか聞け! ぐずぐずしてる時じゃねえ! 協力し合わなきゃ田んぼもみなやられるぞ! それでもいいのか!」

農民達は恐怖を感じたのか、静まりかえった。やがて、小さな子どものすすり泣く声が聞こえてきた。

その時、ラドゥがマルとトンニに気が付いた。

「ああ! お前たちも行くのか!?」

 農民達の何人かが振り返った。

「うわっ、イボイボのガキがいるぞ!」

 マルはいっせいに農民達の視線を浴び、自分の顔を隠す頭巾を取り出す事も忘れトンニの背中の後ろに隠れた。

「みんな聞け! みんな普段こんな小さな子に石を投げつけたりいじめたりするくせに、恐ろしい妖怪を見ればしっぽを巻いて逃げ出す。恥ずかしいと思わねえのか!今こそ俺達、スンバ村の農民の勇気を示す時だ!」

「闘うったってよう、ラドゥ、どうすりゃいいんだ。俺達は士族様のように立派な剣や弓や甲冑を持ってるわけじゃねえぞ!」

「それは妖人達の同じだ! でも彼らは妖怪達のことをよく知っている。彼らの言う通りに俺達も動いたらいい」

「妖人の指示に従えだって!」

 農民達は口々に不満の声を上げた。

「今がどういう時か分かってるのか!」

 ラドゥが声を荒げて人々の不満の声を制した後、一息ついて、トンニの方を見た。

「トンニ、お前はどう思う? どうやったら人面獅子をやっつけられると思う? 俺達の加勢はいるか、いらないか、どっちだ?」

 農民達は再び、いっせいに振り返ってトンニの方を見た。皆の注目を浴びてもトンニはマルのように慌てることはなく、落ち着き払ったまま口を開いた。

「そうですね……妖怪ハンター達もあんな巨大な人面獅子を退治したことはないはずです。だから何とも言えません。ただやみくもに戦ってもこちらがやられてしまうだけです。妖怪ハンター達はどうやら、人面獅子に酒を飲ませる事を考えているようです。人面獅子の唯一の弱点は、酒に酔えば力を失う事だと言われています。酒の中に眠り薬を仕込んで眠らせよう、という作戦です。けれどもどれだけの酒が必要かはわかりません。我々もありったけの酒を集めていますが、それで足りるかどうか」

「そんなに酒がいるのかい? そんならあたし達みんな、家にあるありったけの酒を持ってきたらいいんじゃないかい?」

 一人の農婦が言った。

(あ、あれはラドゥのお母さん……!)

マルは思った。幼い時、洪水から逃れてきた自分をかくまってくれた親切なおばさんだ。

「酒がたくさんあったとしても、それだけでは駄目です。困った事に、人面獅子は自分から進んで酒を飲もうとはしません。そこをなんとか、うまく飲むように仕向けなければなりません。そして眠り込んだところを一気にとどめを刺す。一瞬でも隙を見せると必ず抵抗されます。妖怪ハンター達はそれでも恐れずにやるでしょうが、犠牲者が出る可能性があります。最悪、大勢死んでしまうようなことになるかもしれません。そうなれば、今後スンバ村に出る妖怪を退治をする人がいなくなってしまうでしょう」

 トンニのいついかなる時も冷静な、理路整然とした話し方は、そこに集まった農民達の胸にひたひたと滲みているようであった。

「さあ、行こう」

 トンニはマルを促して歩き出した。マルの背中でスヴァリがはしゃいだ声を出した。

「ああっ! ねえねえ、見て! 人面獅子ったら、何か食べてるみたい! すごい勢いね! 地面まで食べちゃいそう!」

「本当だ。ねえトンニ、人面獅子、何を食べてるんだろう」

「きっと獣の肉だよ。でもほんの一時しのぎだね。あれを食べ終えたらまた暴れ出すよ」

「そうしたらどうするの!」

「分からない。それをこれからみんなで考えるんだ」

 マルはじっと人面獅子を見詰めた。母ちゃんの歌物語に出て来たけど、想像してたのよりずっと大きく、マルが夜を過ごしている馬小屋位の大きさだ。実際、母ちゃんが知ってるのより、今まで村に出たどの人面獅子よりも大きいのだろう。その外見は母ちゃんの歌の通り。コウモリのような翼もサソリのような尾も、まるで鉄で出来ているかのように堅そうに見えた。

(ヒサリ先生……でもどういうわけか、おら、人面獅子を見てもあまり怖いって気がしないんです。いいえ、怖いことは怖いんですけど、汽車を初めて見た時の方が、何だかゾーッと体が冷たくなるような気がしました。不思議です……)

 人面獅子と汽車はどちらも大きくて恐ろしい。けれども違う所もある。汽車がのっぺらぼうに見えるのに対して人間獅子には人間そっくりな顔が付いていて不気味に見える。肉を貪り食う様子も貪欲な人間そのものだ。その様子は恐ろしいというより、どこかムカムカさせるものだった。もう一つ違いがある。人面獅子は決してイボイボの自分を食べない。けれども汽車は難なく自分を踏みつぶし、ぐちゃぐちゃの肉の塊にするだろう。


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