第123話 人面獅子退治 2

 マルがナティを待ちながら読んでいる本からふと目を上げた時、マルの目に、ナティが息せき切って自分の方に駆けて来る様子が映った。マルは目を見張った。

(ナティはなんであんなに慌ててるんだろう?)

「マルーーーー!!!!」

 ナティはぐるんぐるん腕を回して走りながら絶叫している。言葉が切れ切れに、マルの耳に飛んで来る。

「今日は、バダルカタイ先生の所へ行くのは、中止! 人面獅子が出た! 妖怪ハンター、みんな、総動員だ!」

 人面獅子……その言葉を聞いてマルは震え上がった。その名前をマルは歌物語で聞いたことはあったが、実際に目にしたことはまだ無い。森の奥深く住む妖獣が、百人の人間を食うと人面獅子になるのだという。その顔は人間そっくりで、背中には翼が生えて飛び回る事も出来、尾はまるでサソリのようで先端から噴き出す矢によって狙った獲物は確実に殺すという

「どこに出たの?」

「川向うだ。田んぼを荒らしてるらしい」

ナティはそう言うなり、クルッとマルに背を向け、走り出した。

「行かないで!」

 マルは友に向かってそう叫びたかった。人面獅子がどれ程恐ろしいか、見なくても想像出来る。ひょっとしたらナティは大けがするかもしれない。死ぬかもしれない! でも妖怪ハンターの子は決して恐ろしい妖怪から逃げてはいけないのだ。逃げれば村がまるごと滅びるかもしれないから。ナティは一度立ち止まって振り返り、

「危ねえから、お前は絶対来るな!」

 と言った。しかしマルはその後ろ姿を見ながら思った。

(でも、おらは行かなくっちゃ。昔ナティの母ちゃんのダニーは村を襲う恐ろしい妖怪をたくさん退治した。そのたびに母ちゃんは目が見えないのに見に行って、歌物語にしてみんなに人面獅子がどれ程恐ろしいかを教えた。おらもそうしなきゃいけないんだ)

 マルがナティの走って行った方向に向かってなるべく早足で歩き出すと、背中のスヴァリが叫んだ。

「人面獅子を見に行くのね! ウキャーー、楽しみ! あたしまだ見たこと無いの!」

「バカだなあ! 人面獅子ってのはすごく怖いんだ。殺されるかもしれないんぞ! ……あ、そうか、君はもう死んでるから関係ないか」

 マルはイボだらけの足を引きずるようにしながらせっせと歩いた。やがて橋を渡り、川向うに入った。その間もひっきりなしに様々な妖怪退治の武器を手にした妖怪ハンターたちがマルを追い抜いて行く。人面獅子が出たとなれば、村じゅうの妖怪ハンターが退治に向かうはずだ。

しばらく行くうちに、背後から

「おい!」

 と声をかけられた。振り返ると、そこにいるのはトンニだった。トンニの父さんと母さん、兄弟達も一緒だ。

「トンニも行くの!?」

 マルは驚いて尋ねた。トンニは妖獣を捕らえて解体し、取った皮をなめす家の子だ。けれどもトンニが扱うのは靴やいろいろな物の材料になる皮を取るためのおとなしい妖獣ばかりで、人間に害を及ぼす恐ろしい妖獣を殺すのとはわけが違う。

「今は妖怪ハンター達だけにまかせていい時じゃない。みんなで協力しないと」

 トンニが言った。

「マル、お前も行くのか?」

「うん」

「近くには寄るなよ。危ないから」

「おらは大丈夫。イボイボがあるから人面獅子に食べられたりしない」

「人面獅子は尾っぽから毒矢を放つ。あれに当たればお前だって死ぬさ」

「でもトンニも人面獅子をやっつけに行くんでしょ」

「やみくもにやっつけにかかるつもりはない。まずはこの目で見てみないと。危険をおかさず退治する方法はあるはずだ」

 マルは、トンニの落ち着き払った声を聞いているうちに、「きっと大丈夫」という気がしてきた。けれどもマルには心配事があった。

「でも、ナティは走って行ったよ!」

「大丈夫。あいつはそんなにバカじゃないさ」

 しかしマルはナティの後姿を思い出せば出す程不安が募った。

やがて、マルの耳にはゴゴゴゴゴ……と地鳴りのような、あるいは崖から岩が崩れ落ちるような凄まじい音が聞こえてきた。

(あれだ!)

 視界の先には見える人面獅子は、森の一部が、あるいは丘の一つが、何かのはずみで大地よりちぎり取られ、暴れているかのように巨大で不気味だった。

「恐ろしいな……想像以上だ」

 トンニがつぶやいた。

「おらの生まれるちょっと前にも人面獅子が出たって! それでダニーと七人の勇敢な妖怪ハンターで仕留めたって母ちゃんが言ってた。でもあんなの七人じゃとても退治出来ないよ!」

「そうだね、それに恐ろしい妖怪が暴れ回るにしても、たいがい森の際でおさまってた。農民達の耕す田んぼまであんなに荒らしまわるなんて、聞いた事が無い。きっと何かが起こってるんだ。何かとてつもない事が」

 マルも近頃、トンニと同じような思いをぼんやりと抱いていた。しかしとてつもない事の正体が一体何なのかは、よく分からなかった。


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