第121話 恋人アムトの訪れ 7

 いくら心を静めて眠ろうとしても、マルの目から大きな涙の粒がコロコロ後から後から溢れて止まらないのだ。

やがて、マルの背中の後ろから、スヴァリの声が聞こえてきた。

「先生の所に男が来てるのを見てショックなんでしょ。フフフ。バカねえ。先生だって女よ。男くらい、いるわよ」

「そんなの分かってるよ」

「ねえねえ、夜、女の部屋に男が入って行ったらどうなると思う? サンドゥ夫人みたいな事をするのよ!」

マルはスヴァリが有名な物語の毒婦の名前を出したのでカッとした。

「もう黙ってて!」

「ハハハハ! あんたって本当にうぶねえ! あんたの兄さんだって、ゴミ捨て場の大女とやってたのよ! でも大女に『イボイボの子は近付けないで』って言われて、あんたは遠くから指をくわえて見てるより他無かったのよね!」

「兄ちゃんがゴミ捨て場の女の人と何かしてたのは覚えてるよ。それにおらはうぶじゃない。カッシからいろいろ話聞いてるし」

「そういうのを耳年増って言うのよ! 他の男の子はみんな実際に女の子とやってんだから。アディだってミヌーとやってる」

「アディが!? だって、アディにはハーラが……!」

「フフフフ……だってハーラとそんな事出来るわけないじゃない! それでもアディはハーラが抱きたくて気が狂いそうで、そんな時ミヌーに誘われたもんだから、ついやっちゃったってわけ」

「おらがアディなら、絶対、ミヌーとそんな事しない」

「先生以外の女とはしたくないってわけね」

「え? 今何て言った?」

「何でもない。それよりいい事教えてあげる。あんたのその汚いイボイボさえ無くなれば、あんたを抱いてもいいって思ってる女の子、いるわよ。良かったわね! それともう一つ。ヒサリ先生はあんたのイボイボを治す事を本気で考えてるわ」

「そうみたい。でもどうしてだろう?」

「あんたを立派なカサン帝国人にするためよ。でも残念! イボイボが取れたら余計に、あんたがカサン人なんかになれない事がはっきりするわ! だって、あんたこれっぽっちもカサン人っぽくない顔なんだもーん!」

「もう黙っててよ! そんなの聞きたくない! 黙んないんならおらが出て行く!」

 マルはそのまま扉を開けて馬小屋の外へ飛び出した。そのまま暗がりの中をヨロヨロと歩き、すっくりとそそり立つ椰子の木にすがりついた。スヴァリの話はみんな知っているか、予想していたような事ばかりだ。ヒサリ先生はもう結婚しなきゃいけない年なんだ。カサン人のハンサムな恋人がいたって別に驚きゃしない……。そう思いつつ、いつしかマルは自分の額をガンガン椰子の木に打ち付けていた。イボが破れて中から膿がダラダラと流れ出した。その下からはまた新たなイボがむくむくと盛り上がって出来るのだ。顔は膿と涙の混ざったものでいつしかドロドロになっていた。マルはそのままズルズルとしゃがみ込み、そのまま一晩中椰子の木の根元にうずくまっていた。

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