第112話 アディの恋 5
その日、アディがハーラの家に近付いても、彼女はいつものように窓辺に姿を見せなかった。
(どうしたんだろう……)
アディは訳の分からぬ不安にかられた。自然に足が速くなった。家の床下に入り、便壺に近付いた時、家の階段を上がって行く男の足が見えた。アディはそっと床下から顔を出し、階段を上って行く男の姿を見た。太った体に白髪をたくわえたその男は、豪華な刺繍の入ったカサン風の服を身に付け、大きな黒い鞄を手にしている。
(あの人は『医者』だ!)
この辺りの良い家柄の人は、病人が出たら、まじない婆さんではなく『医者』を呼ぶのだという。
(ハーラの身に何か……!?)
家の扉が開き男の体がその奥に消えた。アディの心臓がトットット……と早く打ちだした。それでもやらなければいけない仕事が自分にはある。アディは便壺に近付くと、それを傾けた。
(アー!!)
便壺の中には、いつも見るものとは違う、紫に赤い筋の入った妖怪が群がり、ヒキガエルのように膨らんだり縮んだりしていた。アディはこれまでにその妖怪を目にしたことが何度かあった。そしてそれを目にした数日後には、必ずと言っていい程、メメとメメの母さんが死人を引き取りに行っていた。
(ハーラが……まさかそんな!)
アディは思わず、再び床下から飛び出し家の扉を見上げた。すると扉が開き、さっき家の中に入ったばかりの医者が出て来た。
(たったあれだけの時間で何が分かるっていうんだ!)
アディの目には、医者の堂々とした足取りと首にじゃらじゃら巻いた金の鎖がひどく忌まわしい物に映った。すぐに医者の前に飛び出し、
「便壺に恐ろしい妖怪がいます! このままではハーラが死んでしまいます!」
と訴えたかった。しかし医者は、アディを一目見るなり、深々と眉間に皺を寄せた。
(汚らわしい妖人の子! 触るな!)
そんな言葉が雷のようにその目から発せられた。アディは弾かれたように、再び床下に転がり込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます