第100話 小さな怪物 3
ヒサリは、学校が休みの日を選び、アムトと叔父夫婦、そして妹のランと出会うことになっているアロンガのホテルに向かった。ヒサリがスンバ村から馬を走らせて半日程かかる南部最大の都市アロンガを訪れるのは三度目である。
アロンガの目抜き通りには石造りの堅固で立派な建物がずらりと立ち並んでいるが、それは皆アジェンナがピッポニア帝国支配下にあった時代に建てられた建造物であった。ピッポニアの苛酷な植民地支配を憎むヒサリも、ピッポニア人の文化程度の高さについては認めないわけにはいかなかった。しかしそれらは全てこの国から吸い上げた富によって築き上げられたものなのだ。
元々ピッポニア人豪商の邸宅だったらしい建物を利用したホテルの正面から入ると、アムトが両腕を広げてヒサリを迎えた。ヒサリを抱きしめた後、すぐ、
「何だか痩せたね。疲れてるんじゃない?」
と言った。ヒサリは嫌な予感がした。これから自分がどんなに今の生活が充実していると熱弁したところで、アムトは否定してかかるのではないか、と思った。
「座ってよ」
アムトはヒサリにロビーのソファを指し示した。しかし二人並んで腰かけたものの、アムトはヒサリの仕事について尋ねようとはしなかった。
「実はね、俺は今、『カサン炎のペン部隊』で仕事をしているんだ」
「まあ、本当!?」
ヒサリは驚いた。「カサン炎のペン部隊」。それはアジェンナを含め新たにカサン帝国支配下に入った国々の人にカサン文化を広めるために結成された、作家、ジャーナリスト、学者など文化人達の集まりである。
「それで何をするの?」
「当面はラジオの原稿を書く仕事だな。アジェンナにもラジオが普及し出しているから、ラジオの宣伝効果は絶大だ。俺はアロンガでの勤務を希望したが、それは叶わなくてタガタイでの勤務になった」
「そう、それは残念だわ」
「でもタガタイとアロンガを結ぶ鉄道が出来れば、一日で行けるようになるよ」
「でも往復だとどうしても二日がかりでしょ。その二日の休みを取るのが難しいのよ」
「俺が会いに行くさ! それにしても君は相変わらず仕事熱心だな。でも君の気持ちが今ではよく分かるよ。偉大なカサン語とカサン文化を未開な民族に広めることは小説を書くような曖昧模糊としたものじゃなくて確かな果実のようなものだ。カサン帝国に身を捧げている君を見ていると恥ずかしくなって、俺も何かしなくちゃという気になってきたんだ」
「まあ、あなたからそんな真面目な言葉が出るなんて! 『文壇第五世代の若造達』はどこへ行ったのよ!」
「文壇第五世代の若造達」とは、アムトのように、小説で主に現代の若者の無軌道ぶりや風俗を描くアムトら若手流行作家達を指す言葉である。しかしヒサリはアムトを軽くからかっただけだった。作家としてのアムトへの興味は既に薄れかけていた。なにしろ今はとんでもない才能を持つ子を育てることに夢中なのだ。
「それで、小説の方はもう書かないっていうわけ?」
「そうあっさり言うなよ。小説は小説で書いてるさ」
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