第99話 小さな怪物 2

 ある日、ヒサリのもとに、恋人のトウ・アムトから手紙が届いた。手紙にはこう書かれていた。

「この度、新作の取材旅行でアロンガまで来ることになった。ぜひ君に会いたい。実は君の叔父さん夫婦やランちゃんとも会って話をすることになっている。一緒に会えたらと思う」

 ヒサリは手紙を受け取って、ここのところ恋人の事も自分の叔父夫婦や小さな妹のことも完全に消え去っていた事に気が付いた。マルや他のここに来る子供達の教育にすっかり夢中になっていたのだ。アムトは「君の教えているスンバ村も見てみたい」と書いていたのでヒサリは慌てた。

(それはダメだわ。絶対、そんなの! すぐに断らなきゃ!)

 ヒサリは恐ろしかった。アムトが貧しいこの村の様子を見たら、一体どんな顔をするだろうか? 川向うの学校で教えているシム・キイラのように、冷酷で差別的な言葉を吐くのではないか。ヒサリはアムトに対し幻滅したくなかった。トウ・アムトはヒサリの恋人であると同時に尊敬する作家でもある。

アムトはまだ学生だった時に文壇にデビューしたのだが、その登場は鮮烈かつ強烈であった。カサン帝国の首都トアンで麻薬の溺れる若者達を描き、繁栄する都市の暗部を見事に描いてみせたのだ。この作品は保守的な文化人達から非難を受けたものの、アムトは一躍新進作家として脚光を浴びた。

ヒサリが彼と知り合いになったのは、彼女がまだ女学生だった時に出席した作家と学生の意見交換会だった。トウ・アムトは、その時ヒサリを「他の生徒達とは違って際立って賢い少女だと思った」と後に語った。その後ヒサリはトウ・アムトに声をかけられ一緒に二人きりで食事を取るようになった。ヒサリは尊敬する作家に食事に誘われた事で天にも昇る心地だった。ヒサリはこの時、アムトが若者の暗部を描いた作品の荒々しさとは異なり明朗で社交的な青年だということを知った。また比較的恵まれた家庭の生まれだという事も。ヒサリは彼に、自分には両親が無いため大学進学はするつもりはなく女学校を出たら直ちに教師になって弟と妹を養うつもりだ、と話した。アムトはそんなヒサリのことを同情してくれた。

(アムトは今でも私のことを同情しているでしょうね。でも、今の私にとっては教師の仕事は生きがいなのよ。こんなに素晴らしい子ども達に会えて。でもあなたには分からないでしょうね……)

 

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