第91話 名前を授ける 2

 マルはカッシが森の家に戻って行くのを見送った。その時、カッシと入れ替わるように木立の向こうから何かがフワフワ飛んで来るのが見えた。

(首おばけだな!)

 首おばけは、首から下に内蔵をぶら下げて頭だけで飛び回る女の妖怪だ。首おばけはそんなに怖い妖怪じゃないけど、汚いものが好きで干している洗濯物を汚物を落としていくもんだから、ダヤンティがすごく嫌っている。カッシが来るようになってなぜか首おばけもここによくやって来るようになった。

(きっとヒサリ先生やダヤンティおばさんは、そのせいでカッシのことが嫌いなんだ)

 マルは妖怪に聞こえるように、歌を歌い出した。アマンの歌ではなくカサンの歌を。なぜかは分からないけど、首おばけはカサンの歌が嫌いらしく、マルがカサンの歌を歌を歌うと決まっていなくなってしまうのだ。この日もマルが歌っていると、マルの顔を火のような赤い目で見詰めていた首おばけはいきなりギューッと雑巾を絞ったようなしかめ面をした。マルは思わず笑った。

(ごめんよ。カサンの歌がよっぽど嫌なんだね。でも悪いけど帰ってくれない? ヒサリ先生やダヤンティおばさんが怒っちゃう)

 空中を漂っていた首はクルリと向きを変え、ふわりふわりと木立の向こうに消えて行った。ちょうどそこへダヤンティが現れた。

「やれやれ、首おばけが来たんで洗濯物を取り込まなくちゃと思ったけど、あんたの魔除けの歌で行っちまったね。カッシの奴も寄り付かないように出来ないものかい?」

 それを聞いたマルは悲しくなった。

「でも、カッシは友達だから」

「悪い友は持つもんじゃないよ。あの子は山のもんだ。山のもんがどんな事をしてるか、あんたは母ちゃんや兄ちゃんに教わらなかったかい?」

「でも……」

 マルにはカッシが悪い子には思えなかった。カッシが山のもんだからって、どうしてそんなに嫌われなきゃいけないんだろう? カッシは時々山の人達の事を話してくれる。川辺に住む自分達とはまるで違う生活をしているけれどみんな気のいい人達のように思える。

「おらのご飯を減らしてもいいから……」 

「やれやれ、そんなことしやしないよ。あんたがそんなに言うならしょうがないねえ」

 ダヤンティが首を振り振り、立ち去った。マルはじっと下を向いたまま思った。もっといい子にならなきゃ。頑張らなくちゃ。おらが頑張ればカッシのこともヒサリ先生やダヤンティおばさんに許してもらえるんだ、きっと。

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