第74話 踊り子シャールーンとミヌー 8

 翌日、マルは学校にやって来たナティに言った。

「おら、やっぱりロロおじさんの所で働くのはよすよ」

「それがいいさ」

ナティは頷いた。

「お前が必死でサンドゥ婦人の話を練習して絵解きをしても、お駄賃なんてほんのぽっちりだぜ。あれこそ『搾取』ってもんだ」

 マルはヒサリ先生が言っていた「搾取」という言葉をナティが既に知っている事に驚いた。

「オモ先生もあんまりいい顔しなかったし」

 マルがうっかり口を滑らせたのがいけなかった。

「なに!」

 ナティはマルがびっくりするような勢いで詰め寄った。

「今、オモ先生って言ったな。お前の本当の気持ちはどうなんだ。絵解きをやりたいのか、やりたくないのか。どっちだ!」

 マルは、自分の心の奥の「やりたい!」という声をはっきりと聞いた気がした。自分の語る物語でみんなが笑ったり驚いたりしてくれたら嬉しいな。おらを見て「汚いチビ、あっちへ行け!」って言っていた人が、「なかなかやるじゃないか!」と誉めてくれたら愉快だな。でも、オモ先生に「ロロおじさんの所で働かない」と約束してしまったのだ。

「やりたくない」

「本当か?」

 ナティはマルの目をじっと覗き込んだ。マルは思わず目を閉じてしまった。

「見世物小屋にやジャイおばさんがいるから。ジャイおばさん、怖いから」

 マルはそう言ったとたん、我ながら良い理由を思いついた、と思った。

「そうか……」

 ナティは少しの間目を閉じたが、再びマルの目を見て言った。

「気が向いた時、サンドゥ婦人の話、俺に聞かせくれよな。ああ、そういえば俺はお前がいろいろ話をしてくれたお礼をひとつもしてないな。ロロおじさんのことケチだとか言えたもんじゃねえ」

「おら、ナティからいろいろもらってると思うよ」

「コオロギ飯位だろ? 他に何かあるか?」

「うまく言えないけど……」

 ナティは笑った。その笑い声が何だかちょっぴり寂しそう聞こえたので、マルは驚いた。そして、返す言葉が見つからなかった。

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