第72話 踊り子シャールーンとミヌー 6
出し物はそれから後も続いた。妖獣を使ったダンスショーがあり、歌があった。
その後、先ほどマルをからかったチコとユッコが現れた。二人が登場した瞬間、見世物小屋は笑いに包まれた。ユッコはまるで貴族様のようなピカピカした服を着て、頭は貴族様のような髷を結ったかつらをかぶっている。ユッコの扮する「貴族様」は腹の詰め物を揺らしながらどしどし歩いて来たものの、舞台中央でゴロンとひっくり返った。場内がまたドッと笑いが起こる。すかさず「下僕」に扮したチコがユッコを抱え起こそうとするが、太った「貴族様」は起き上がれない。「下僕」が「貴族様」を起こそうと引っ張る度に、服が一枚一枚脱げ、その度に笑いの渦が起こる。
見世物小屋は、貧しい平民と妖人が一時の楽しみを求めて来ている場所。ドタバタ劇で「貴族様」が茶化されるのをみんな心より楽しんでいるのだ。
「貴族様」のユッコがとうとう素っ裸になった。するとチコがユッコのかつらを引っ張る。かつらはスポンと抜けた。すると今まで「貴族様」に媚びへつらうような猫なで声を出していたチコが、ついに腹を立て、
「いい加減起きやがれ! デブの旦那、この腹の肉を切っちまうぞ!」
と言ってそばにあった鉈を振り上げると、ユッコはヒイヒイ言いながら床をはって退散していく。会場は揺れんばかりの大爆笑。マルは腹をかかえて大笑いしながらナティの方をチラッと見た。ナティは「二人の芸に対し笑ってたまるか」というような苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、ついに吹き出した。
「ナティ、おら、チコとユッコにからかわれてもあんまり気にならないんだ。だって貴族様もバカにされる位だもん。おらなんてバカにされても当たり前だよ」
「おい、それは違うぞ、マル」
ナティは急に真顔になって言った。
「貴族様なんて普段威張ってるから、バカにしてもいいんだ。でもお前はあいつらに対して威張ってるか?」
「貴族様って威張ってるの? 会ったことあるの?」
「ねえけど、金持ってる奴らなんて威張ってるに決まってるよ。村長や役人や、みんなそうだろ?」
(そうかなあ…)
マルは、二人の小さなコメディアンに対して小屋じゅうの観客から送られる称賛の掛け声や拍手を聞きつつ、考えていた。
(おらもここで絵解きをしてみようかな)
こんなにたくさんの人に聞いてもらえたら嬉しいな。ナティの言う通りかもしれないけど、絵解きをするのに餌代も余計な手間賃もいらない。少しでもお金をもらっておらのイボだらけの体を包む着物を買ったら、オモ先生はもう一度おらを抱いてくれるかな? それからダビのお父さんみたいに学校に「寄付」をしたら、「マルのおかげでラジオと新しい本が買えました!」って言われて感謝されるかな……!? そんな希望の膨らみ、見世物小屋から出る時マルの心はすっかり満たされていた。
見世物小屋の外に出た所の空き地では、小さな踊り子の女の子達が木陰に座ってバナナを食べながらお喋りしていた。ただ一人を除いて。ひときわ体の大きいシャールーンは、一人だけ他の子達から離れた場所に立たされ、鬼ばばあのジャイおばさんに叱られているのだった。
「全く何てことだろうね! あんたの取柄ときたら力がある事くらいだよ! 本当に、うどの大木みたいなボンクラだ!」
マルは思わず立ち止まってシャールーンの方を見た。なんだかシャールーンが可哀想でならなかった。オモ先生も怒ると怖いけど、ジャイおばさんはその何倍も怖い。それだけじゃない。他の踊り子の女の子がお喋りしたりおやつを食べている間も薪割りとか水くみとかきついことばかりさせられているのだ。マルが突っ立ったまま彼女達を見ていると、女の子のうち一人がマルに気付いた。一番小柄で一番可愛らしい顔をした女の子だが、いきなり顔をくしゃくしゃにして
「いやーん、バケモノがこっち見てるぅ~」
と叫んだ。ナティがその子に向かって歯を剥き出しイーッをした。すると女の子はアカンベーを返した。
「ほら見ろっ、顔がちょっと可愛いくても性格はあんなだぜ。女ってのはみんなああなんだよ!」
マルは歩きながら思った。
(おらはシャールーンのことが好きだな)
けれどもナティにはなんにも言わなかった。なんとなく言っちゃいけないような気がしたから。
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