第70話 踊り子シャールーンとミヌー 4

 ロロおじさんの見世物小屋は以前と違う場所にある。橋を渡った向こう側の川べりで、マルがかつて住んでいた大木の根元の家よりもやや下流。一年前の洪水の時、生き延びた妖人達の避難所になった場所だ。その後、その場所に平民達が誰も寄り付かないと噂を聞きつけ、ロロおじさんのがカサンの兵隊の許可を得て、そこに見世物小屋を建てたらしい。

「川向こうの連中も結構見に来るらしいぜ。いくら俺らの事が穢らわしいとか言っても、あの面白い出し物がありゃ誘惑に勝てねえってもんさ」

マルがなんだか嬉しそうに言うナティの後を追ってせっせと歩いていると、やがて小屋が見えてきた。竹を組んだ建物は以前の物よりも大きく、また派手に布や花で飾られている。ひげを生やしたロロおじさんが、独特なしゃがれ声で客の呼び込みをしている。その周りでは二人の物乞いが太鼓と笛で陽気な音楽を奏でていた。マルは見世物小屋の近くまで来てふと足を止めた。母ちゃんや兄ちゃんと一緒にここに来た時の情景が頭に蘇った。そしてたくさんの知り合いの物乞い達が洪水で死んでしまった事も。川べりに住んでいた物乞いのうち、半分位死んでしまったんじゃないか。そのせいで、市場で木の下に座って芸を見せたり、家々を回って門付けする者はめっきり少なくなった。生き残った者は皆ロロおじさんに雇われ、ロロおじさんの見世物小屋で芸を見せるようになった。なぜならロロおじさんは儲け方を知っているから。物乞い達はきれいな着物も貸してもらえるし、客も色々な芸をいっぺんに見ることが出来るので喜ぶのだ。

「母ちゃんが生きてて、兄ちゃんがここにいたらやっぱりロロおじさんに雇ってもらってたのかな……」

 マルは、今はいない家族の事を思いながら、ふと訪れた寂しさを噛み締めていた。

「あっ、イボイボのマルだ! 影まで汚いイボイボのマル!」

「やあい! クソまみれ! ハエまみれ! 妖怪まみれ! 貧乏まみれ! 」

小屋の中からヒョイと現れたチコとユッコという二人組が、マルを目にするや代わる代わる大声でからかい始めた。二人共マルより少し年上。きょうだいみたいにそっくりだがきょうだいではない。二人共、家族をみんな無くしたみなしごだ。チコもユッコも似たような短い髪だがチコは女の子でユッコは男の子だ。チコはその場でピョンピョン飛び上がり、ユッコはさらにマルのヨタヨタした歩き方を真似し始めた。

「うっせーぞ! てめえら、喉の奥にこいつを突っ込んで永遠に口きけなくしてやる!」

 ナティが竹槍を振りかざし、ダダダダッと追いかけると、チコとユッコはサッと小屋の中に引っ込んだ。

「おーう、マル、久しぶりじゃないか! なんでずっと来なかった?」

 ロロおじさんは、マルを目にするやいなや陽気に声をかけてきた。

「うん……いろいろあって……」

「おい! おっさん! お前んとこの芸人はちゃんと教育しろ! あんたがあの二人の親代わりだろうが! マルと俺はお客様だぞ!」

ナティがロロおじさんに噛みつくようにいう。

「お前に教育だの何だのと言われたくないねえ。おお、そうだ! ところでマル、ここでちょっとばかり金を稼いでみる気は無いか?」

「でもおら、お金はいらないし」

「全くお前も、お前の母ちゃんもそうだったが、お前は欲ってもんが無いなあ。それじゃあいかん! いいか、人間ってのはな、もっとうまいもんが食いたい、いい格好がしたい、女にもてたい、そんな欲を出す事で成長するし芸もうまくなる。お前だって金をかせいでイボイボを隠す着物でもこしらえれば女の子に好かれるぞ。マル、お前にこんな話をするのは、お前がここで絵解きをやってみる気がねえかと思ってな」

「絵解き?」

「ちょっとこっちに」

 ロロおじさんはマルを手招きした。竹を組んだ見世物小屋の裏には、大きな荷車が停めてあった。ロロおじさんは荷車の中に入ると、大きな巻物を抱えて再び現れた。そしてそばの石の上でゆっくりと広げた。そこには、極彩色の絵の具で描かれた何ともおどろおどろしい地獄の様子が描かれていた。

「サンドゥ婦人?」

「大当たり! お前この話知ってるか?」

「だいたい」

 マルはそう言ったものの、ちょっぴり困って俯いた。あの洪水が起こる少し前のこと、オムー兄ちゃんがマルに

「悪い大人の話を聞きに行かないか? 母ちゃんには内緒だぞ」

 と言って、一人のじいさんが歌物語をしている所に連れて行ってくれたのだ。悪い大人の話! そう言われて聞きたくならない男の子なんているだろうか? それは、不貞を犯したサンドゥ婦人が夫を殺害し若い男と愛欲にふけるものの、死後地獄に落ち、鬼達に服を剥がれて股を舐められたり乳を揉まれたり、様々な拷問を受けるという話だった。マルはそれを聞き終わった後、こんな話を聞いたなんて、人に絶対言っちゃいけないと思った。ところが今、ロロおじさんはマルにそんな悪い大人の話を人前でやってみないかと言うのだ。

「でも、全部は分かんない」

「分からない所は適当にこしらえればいいさ。絵があるから歌物語より楽だろう? ここにも以前絵解きのうまい男がいたが、あいにく洪水で死んじまってね。ただその男にも欠点があった。美男子だったんだよ」

「美男子だといけないの?」

「絵解きは因果を解くものだから、美男子がやったら迫力がどうもねえ。それに比べてお前がやればどうだ。話の最後に『何を隠そう、毒婦サンドゥ婦人の生まれ変わりがこの私、悪事を犯した女人の今生の姿を目に焼き付けよ』と言って頭に被っていた頭巾をサッと取る。するとあまりの恐ろしさに失神する者続出……芸人冥利に尽きるというもんだ!」

「待ってよ、生まれ変わりったって、おら男だし、そんな悪いことしてないし……」

「生まれ変わりだから男になろうが女になろうが今のお前がいい子だろうが構わんのさ!

これは演出っていうもんだ。分かるか? 」

「おいおい、おじさん、ちょっと待て!」

 これまでじっと聞いていたナティが口を挟んだ。

「さっきからマルに調子のいい事言ってるけど、あんたサビル兄ちゃんにちっとも金を払わねえじゃねえか!」

「サビルの芸に金なんか出せるか! 飯を食わせてやるだけで感謝するんだな! あんなろくでもない芸じゃ客は興冷めだ。今日もうまくいかなかったらもうクビだ! 嘘だと思うんならお前がその目で確かめりゃいい!」

 ナティはふんっといった風に顎を突き出した。

「マル、お前には前と同じようにように特別席が用意してあるからな」

 ロロおじさんは見世物小屋の裏を指差した。マルはにっこり笑った。見世物小屋は平民様用と妖人用の席が別々にしつらえられているらしい。イボイボのマルはそのどちらにも入れない。マルが案内された「特別席」は出番を待つ妖獣や妖怪達がつながれている場所だ。それは舞台の裏で、そこの隙間から舞台の芸をすぐ目の前で見ることが出来る。

「何が特別席だよ! 汚ねえし臭えし!」

 ナティは悪態をついた。けれどもマルはその特別席が大好きだった。そこだと人から「汚いイボイボっ子、あっちへ行け! などと悪態をつかれる事もない。それに、マルには「特別席」の妖獣たちの鼻息や糞の匂いが何とも心地よく感じられるのだ。


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