第65話 生の子死の子 9

 ヒサリのもとでは、数日前からダヤンティという女性が食事の準備や雑用をこなすために雇われていた。彼女はヒサリの机に出来たての料理の皿を並べながら言った。

「オモ先生、どうやら近頃ね、葬儀屋連中が川向うの平民様の住んでいる地区で死体を焼いてるそうなんですよ! なんでまたそんなずうずうしい事が出来るのかしらねえ! そんな事をしたら平民様はみんな怒るに決まってますよ!

「それに関してはカサン軍が許可を与えました。葬儀屋達は悪くありません」

「でも、だからといってこれみよがしにあっち側でやらなくてもいいじゃないですか。ちょっと死体をこっち側に運ぶ位の事、何でもないことですよ。あの人達はずっとそうしてきたんですから」

「とはいっても向こう岸に流れ着いた死体は向こうで焼いた方が効率的に仕事を進めることが出来ます。伝染病の予防にもなります。

「はあーなるほど、そういう深い意味があるんですか!」

 ダヤンティは感心したように言ったが、心から納得したようではなかった。

 ヒサリは、この地で生活するようになってから程なく、妖人達の自分達の置かれた境遇や「平民様」に対する感情などは一枚岩ではない事を知った。ダビやナティのように、「妖人」と言われ蔑まれることや川向うに住む人々への怒りを剥き出しにする者もいれば、マルのように何一つ不満を言わず自分の境遇を受け入れているように見える者もいる。一方で、自分自身が妖人の身でありながら一部の妖人の「身の程をわきまえない」出過ぎた行為を悪しざまに言う者もいた。しかしダヤンティには、それ以上ヒサリに抗わないだけの賢さがあった。さっそく話題を変え、先日から学校に通い出した自分の息子の事を口にした。

「ところで先生、うちのアディはどうでしょう? ちゃんと勉強してますか?」

「礼儀正しい、賢い子です。けれども今のところカサン語には興味が無いのか、あまり勉強熱心ではありません」

「まあ、そうですか! あの子にちゃんと勉強するように言ってやらなきゃ!」

「勉強には人それぞれ動機が必要です。アディは今、家の仕事を覚える事に気持ちが向いてるんでしょうね」

「でもこれからはカサンの旦那の天下ですからね。カサン語の勉強の方が私達の仕事よりずっと大切ですよ!」

 カサンの旦那様、などというおべっかに対し、ヒサリは言葉も無く黙り込んでしまった。

(そうじゃない、この国の主役はあなた達なのよ! 私達カサン人はあなた方カサン人を奴隷に押し込めたピッポニアの白ねずみ達を追い払い、この国がより大きく発展する手助けをするために来たのに……)

 しかし、その事を今彼女にくどくど説いても仕方が無い、まずは子ども達にゆっくりこの事を教えていこう、と思った。

「ところで先生、あのビンキャットって男には気を付けた方がいいですよ。シャク人の血を引いてますからね、がめついんですよ。みんなあの男を嫌ってますよ」

「あら、そうなの!?」

シャク人はアジェンナの北西に位置するシャク王国の内乱から移住して人々だ。勤勉で商才に長けた彼らは、たちまちこの国の商業や金融業を牛耳るようになったが、そのためもともとこの土地に住むアマン人やアジュ人の恨みを買っているという。

「彼はアマン人だと思ってたわ」

シャク人なら、むしろ、カサン人に近い容貌のはずだ。

「母親がアマン人なんです。でも心の中は我々と違いますよ。あの男の嫁もシャク人なんでね、息子のニジャイとその妹なんてシャク人そのものですよ」

ヒサリは、こういった事を聞かされるのは心地良く思わなかった。民族間の差別や憎しみを「これがアジェンナの現実だ」などと受け入れるような大人にはなりたくないし、こんな偏見をこの国の子ども達の代に引き継がせたくない。しかしダヤンティは、ヒサリにこの地の人々の本音を聞かせてくれる貴重な情報源だった。彼女が腹を割って色々ヒサリに話をしてくれる事が、ヒサリにとってはありがたくもあった。

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