第64話 生の子死の子 8

 再び森の際地区の戻る橋の手前で、マル達はラドゥと別れた。別れ際にラドゥは言った。

「トゥラ……いや、マルって言ったな。明日のこの頃、もう一度ここで会わねえか? 橋の向こうの学校におらも連れてってほしい。構わないか?」

「うん」

「それじゃあ、また明日」

 ラドゥと別れると、マルとメメとテルミは死体と薪を再び荷車の上に乗せ、元来た道を戻り始めた。死体には払っても払ってもハエと煙のような妖怪がむらがってくる。妖怪はまるで死体から上がる煙のようで、しかも伸びたり縮んだり、その動きは変化自在だった。しかもそれだけではなく、大きな鳥までが死体の目玉を狙って飛んで来た。

「こら!来るな! 来るな!」

 マルとテルミは棒で必死に追い払った。小さな女の子の死体はもう何も喋らなかった。(この子の魂は、きっともうここにはいないんだ。川の向こう側に走って行ってしまったんだろうな)

マルは思った。

 三人が花のたくさん咲いている場所にたどり付き、薪を並べ始めた時は既に日は落ちかかっていた。メメはこの時も、危険だからとマルとテルミに仕事を手伝わせようとはしなかった。

「きれいに焼くにはコツがいるんだ。下腹は特に焼けにくい。何度もやってるうちにだんだんコツが分かってくる」

 無口なメメが、仕事の手を止めないまま熱を込めて語った。その言葉はどこか誇らし気でもあった。

天まで上る黒い煙をじっと見詰めるマルの胸はからっぽだった。からっぽの胸の隅々にまで夕焼けが染み渡った。夕焼けに染まったスンバ村は、川のこちら側も向こう側も同じようにただただ美しかった。やがて夜闇が迫る間に、川の面は様々に色を変えた。その色の数だけの妖怪が川の中に住んでいる。優しい妖怪もいれば恐ろしい妖怪もちょっぴり間抜けな妖怪もいる。そして彼らはマルに様々な歌や物語を聞かせてくれるのだ。

やがて、すっかり藍色になった川の面に、何か白く光る物が動いて川辺にやって来るのを見た。マルは吸い寄せられるようにそちらに向かった。ざぶざぶと川に足を踏み入れると、その光る物はまるで意志を持つかのようにスッとマルの足元に寄って来た。それは人間そっくりの顔を持つ巨大な妖鳥スヴォーンの固い卵の殻に弦を張った楽器だった。

(ああ、これがスヴァリなんだね。おらは弾けないけど大事にするよ)

 マルがスヴァリを抱きかかえた。

「メメ、これはおらがもらってもいい?」

「なんで俺に聞く? お前が拾ったんだろ」

「死んだ女の子の、小さい方の子の持ち物だったの」

「いいけど、お前、そのイボだらけの手じゃ弾けねえだろ」

「死んだ子が、おらにもらって欲しいって言ったから」

「へえ~」

スヴァリは、マルの腕の中でズシリと重かった。マルはそれを抱えたままグラグラとよろけた。あの小さな女の子はこれを抱えてあんな素敵な音色を奏でてたなんてすごいや、と思いながら。


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