第63話 生の子死の子 7
その時だった。
「おい、そこで何やってんだ!」
鋭く恐ろしい声が響いた。声のした方に顔を向けると、川土手の上の方に、立派な服を着た少年が二人立ち、マル達の方を睨みつけていた。
「まさか、死体をここで焼こうっていうんじゃないだろうな!」
マルはサッとメメの方を見た。そうだ! 死体は「汚らわしいもの」だから、妖人達の暮らす川向こうまで運んで行って焼かなきゃいけない決まりのはずだ! メメは禁を犯したのだから、平民様に何をされるか分からない! メメは俯いたまま、ぼそりと言った。
「でも、カサンの兵隊は、ここで焼いていいって言った」
「そうなのか?」
ラドゥはメメに向かって聞き返した。少年のうち一人は早くも大声で叫び始めた。
「大変だ! 大変だ! 汚ならしい妖人がここで死体を焼く気だぞ!」
「待て」
もう一人の少年が、大声で叫んでいる少年を制止した。
「あそこにうちの小作人がいる。どういう事なのか聞いてみよう」
この時、ラドゥは既にゆっくりと二人に向かって歩みを進めていた。マル、メメ、テルミも、ラドゥの後に続いた。
「おいおいおい! 汚い連中がこっちに向かって来るぞ! 誰か大人を呼んで来ようよ! ねえ、エルメライ!」
「大人を呼ぶまでもない。サン、こいつらが怖いんならお前一人で逃げたらいい」
エルメライと呼ばれた少年は落ち着き払って答えた。こんなやり取りの間にも、四人はラドゥを先頭に二人の少年に歩み寄った。そしてラドゥが二人の前に跪くと、他の三人もそれにならった。
「カサンの兵隊が、ここで死体を焼いていいと言ったそうです。彼がそう言ってます」
ラドゥの低くゆっくりした声には力がこもっていた。
「うそつけ! そんなことあるもんか! カサン人がそんな事許すわけない!」
サンと呼ばれた少年はキイキイわめきながら足で地面を蹴散らした。蹴り上げられた泥はピシャピシャと四人の方に飛んで来た。泥が目に入りそうになったため、マルは顔を抑えた。しばらくして少年はいきなり
「ギャアアアア!」
とまるで妖怪の断末魔のような叫び声を上げた。その時、マルは少年が騒ぎ立てて足で泥を蹴り上げているうちに、マルにその足先が当たりそうになったのだ。マルは飛ぶようにサンから離れた。ああ! 何てことしてしまったんだ! 平民様に触れそうになってしまった! 何をされるか分からない……! マルは呆然としたままガタガタと小さな膝を震わせた。サンは、
「助けてくれ! 足を化け物に触られた! 体が腐る! 助けてくれ!」
と叫んで飛び回っている。マルにはその姿がぼうっと霞んで見えた。
「あのう」
ラドゥの声が、サンの声を抑え込む蓋のようにどっしりと響いた。
「妖人に触れたら体が腐るとか災いが起こるというのは迷信です。この前の大雨の時、この子を一晩うちに泊めたんです。でもあの後うちには何の災いも起っちゃいません。うちの病気の兄貴はむしろ元気になって、今働きに出てます」
ラドゥの言葉は控えめだが確信に満ちていた。意地悪でヒステリックな少年をも有無を言わせず落ち着かせるような力があった。サンはいったん静かになったが、こんな憎まれ口を叩いた。
「でもこいつは勝手に俺に触った! 殺してやる!」
「まあ待て」
エルメライが友の肩を叩いた。
「カサンの法律では、それは出来ない。こんな奴らにこれ以上関わり合うことはない。死体をここで焼く件については本当にこいつらの言う通りか、シム先生や父さんに確かめてみる」
マルは、二人の背中が去って行くのを見ながら、体の力がスーッと抜けて行くのを感じた。しばらくして、テルミがぽつりと言った。
「こんな所で焼いたら、死んだこの人達、可哀想だよ。川のあっち側に戻ったら、きれいなお花がたくさん咲いてる所知ってるよ。あそこで焼いてあげようよ」
「そうだな」
メメは頷いた。
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