第61話 生の子死の子 5
薪をたくさん積み上げた荷車は、ネビラおばさんが前から引き、メメが後ろから押した。マルとメメも一緒になって押すのを手伝った。しかし、二人共力が無いため、ただ荷車に手を添えてそのリズミカルな揺れを楽しんでいるだけだった。
「ガッタンゴッ、ガッタンゴッ、ガッタンゴッ……」
マルには、腕に伝わる荷車の揺れが、なんだか調子はずれで陽気な歌のように思えて楽しくなってきた。
そのうち、マルの口からも今日習い覚えたカサン語の文章が溢れ出した。口から溢れる言葉は全てオモ先生の声と重なり、マルの胸に響いた。その瞬間、ゾクゾクするような興奮がマルの体を貫いた。とっさに、こんな気持ちは絶対に人に喋っちゃあいけない、秘密にしとかなきゃ、と思った。
「ねえ、マル」
テルミが言った。
「マルの話してる言葉、ちんぷんかんぷんだけど、何かとってもきれいな事話してるんでしょ。おらには分かるよ)
「うん、そう」
マルはそう言って口を閉じた。そして胸に響くオモ先生の言葉に聞き入っていた。
(花が咲いてます。きれいな花が咲いてます。池の周りに咲いてます。白い色のきれいな花です……)
橋にさしかかった時、マルはフッと息を吸い込んだ。
「母ちゃん……」
川には既に、洪水の前よりはるかに立派な橋がかかっていた。しかしそれを見ると、母ちゃんと過ごした日々までが遠くなった気がして悲しくなってくるのだった。
橋を渡り終える頃、ネビラおばさんは言った。
「あたしゃちょっと、この先の家まで行ってくるよ。メームおばさんの話だと、昨日そこの家の子が吸血鬼にやられて死んじまったんだ。メメ、あと少しだから、一人で引いて行けるかい?」
「うん」
ネビラおばさんが行ってしまうと、メメは今度は荷車の前に立ち、グイグイと引き始めた。メメのほっそりした体にに力がみなぎるのが分かった。マルとテルミは、自分がたいした力になれない事が分かると荷車から手を離した。マルは再び、メメを応援するように声を張り上げ、カサン語の本で習い覚えた、人が力仕事をする時の掛け声を唱え始めた。
「ヨーイトナ! ヨーイトナ!」
「それはなんていう意味?」
テルミが尋ねた。
「魔法の言葉。これを唱えたら、力がみなぎるんだ」
「そうなんだ!」
テルミはさっそく、マルと一緒に魔法の言葉を唱え始めた。
「ヨーイトナ! ヨーイトナ!」
マルとテルミが互いに荷台の右と左から交互に唱える。メメは黙ってグイグイ荷台を引き続けた。
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