第49話 バダルカタイ先生 4

 授業を開始して三日目の朝、ヒサリは二人の生徒に告げた。

「今日の午後はアマン語のバダルカタイ先生が来てくださいます。だから今日の午後はアマン語の読み書きを勉強しましょう」

 すると、ダビがすかさずカサン語で言った。

「先生、私達、アマン語大丈夫。どうして勉強、必要ですか?」

「あなた方はアマン語を話せても、読み書きは出来ないでしょう? それを勉強するのですよ」

「無駄と思います。アマン語の本、ありません」

「でもアマン語はあなた方の母語なのですから!」

 ヒサリはそう言いつつも、面食らった。彼らが自分達の母語であるアマン語を学べることを当然喜ぶものだと思っていたのだ。

「カサン語の勉強時間、減るなら、アマン語の勉強、したくない」

 ヒサリは、一瞬彼にどう返事していいのか分からず混乱した。

「アマン語をしっかり勉強することは、カサン語の勉強にも役立つのですよ」

 こう口にするのがやっとだった。

「先生! 私はアマン人だから、完璧なカサン帝国人になれませんか!?」

 ヒサリは、少年の悲痛なまでに熱のこもった目を見返しつつ思った。ダビは川向うのシム先生の学校で、アジェンナ国に生まれたアマン人であることの劣等感を植え付けられたのだろうか? そうだとしたらそんな事は間違ってる! アマン人もカサン人と等しく、立派な帝国臣民になれる事を教えなければ……。

「ダビ、そしてトンニも聞きなさい。あなた方は人間に序列がある事を当たり前に思っているかもしれませんが、それは間違いです。あなた方はカサン人にも川向うの人達にも何ら劣る事は無いのです。分かりましたね!」

 ダビもトンニもじっと黙したままだった。ただ、ヒサリの方に向けられた黒い四つの目は、この国の陽射し以上にヒサリの肌に焼き付くようだった。


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