第32話 農民の子ラドゥ 1

 竹を組んだ壁の隙間から鋭い光が差し込み、部屋の中が一瞬明るくなった。それから少し後に、バリバリと天を引き裂くような音が轟く。

「兄ちゃん、怖い!」

 自分にすがり付いてきたスンニの背中をラドゥは強く擦った。雨は粗末な小屋の隙間から容赦なく吹き込んで来る。部屋の奥で寝ているスンニよりさらに小さい弟と妹は目を覚まし、泣き始めた。

「ラドゥ、やっぱり隙間は雨季が来る前に埋めとくべきだったね」

 母ちゃんが嫌味のように言ったが、ラドゥは返事をしなかった。代わりに心の中で思った。

(おらだって、出来るだけの事はしているのに)

 昨年父ちゃんが死に、兄ちゃんが病気で寝込むようになってから何もかもラドゥの肩にかかるようになっていた。もともと人一倍働き者の母ちゃんは、兄ちゃんのために多額の薬代が要るようになってからなりふり構わず無茶をするようになり、ラドゥにも要求するようになった。そんな中、母ちゃんに家にある金目の物を持たされ川向うの妖人の家に金を借りに行け、と言われた時は、さすがに耳を疑った。

(そんな所を人に見られたらどうするんだ! ラドゥとその家族は妖人と関わったと言われて村八分になるかもしれない! そうしたら生きていけないじゃないか!)

しかし、無言でためらっているラドゥに対し、母ちゃんは言った。

「つべこべ言わずに行っといで! うちには金がいるんだから!」

(つべこべなんか言ってないじゃないか……!)

 そんな思いを抱きつつも、結局ラドゥは母ちゃんに何も言えなかった。年がら年じゅう、まるで水牛のように働く母ちゃんに対し、文句など言えるはずがなかった。

「相手が妖人かどうかなんて、いちいち気にしてちゃやってられないよ」

 母ちゃんは言う。ラドゥも母ちゃんの言う通りだと思った。しかし、そんな事をはっきり口にする人は、ラドゥの知る限り母ちゃんの他にいなかった。母ちゃんは自分に出来るならどんな仕事もする。どうやらこっそり妖人達と一緒に仕事もしているらしい。兄ちゃんの薬代のためだ。その事を、兄ちゃんも妹弟も知らない。ラドゥだけが薄々、その事を知っていた。

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