第31話 物乞いの子マル 8
その夜、母ちゃんの膝に滑り込んだマルは、さっきナティからもらった鎖の付いた石を母ちゃんの手に押し込んでキュッと握らせた。
「これ、ナティにもらったんだ。緑色で光っててとってもきれい」
「おや……」
母ちゃんは
しばらくそれをゆっくりと手の中で揉んだ後、こう言った。
「これは女の人が首にかけて飾るもんだよ」
「ああ、だからナティはいらないって言ったんだね! これ、母ちゃんに…」
「頃合いを見て返しておやり。だってあの子は女の子だからね」
「え! 女の子!?」
マルは驚いて口をぽかーんと大きく開けた。
「おやおや、知らなかったのかい?」
母ちゃんの見えていない緑色の眼が笑っている形になった。マルはしばらく口を開いていたが、やがて笑い出した。
「フフフフ……だってあんな女の子見たことないよ」
「全く、鈍い子だねえ。お前はそういう所まで父ちゃんにそっくりだよ」
マルは、これまでのナティのふるまいを、女の子として思い返そうとしたけど何だかおかしくてしょうがなかった。驚きと興奮が少し収まってから尋ねた。
「ねえ、母ちゃんは父ちゃんと結婚してよかったと思う?」
「おやおや。なんでそんなこと聞くんだい?」
「だって父ちゃんはおらと同じイボイボだったんでしょ。父ちゃんと結婚してよかった?」
「そりゃそうだよ。おらが父ちゃんに結婚を申し込んだんだからね。なんせ父ちゃんは絶世の美男子だったからねえ」
今度はマルとオムー兄ちゃんが一緒に声を立てて笑った。
「父ちゃんの歌声を聞いたら誰だってそう思うだろうな」
オブー兄ちゃんはそう言った後、ゆっくりと「父ちゃんと母ちゃんの歌」を歌い出した。それはこんな中身の歌だ。昔、歌物語が上手で評判の美声の持ち主だった父ちゃんのもとに、大勢の若い娘たちが結婚を申し込みにやって来た。若い母ちゃんもその一人だった。しかしみんな父ちゃんを一目見るなり帰ってしまった。なぜなら父ちゃんの体は醜いイボに覆われていたから。しかしただ一人、母ちゃんだけは帰らなかった。目の見えない母ちゃんは、父ちゃんが絶世の美男子だと信じて疑わなかった。母ちゃんは、父ちゃんがイボイボがひどくなって全身が腐って死んでしまったのに、やっぱり美男子だったと信じている。オムー兄ちゃんがそんな母ちゃんをちょっぴりからかうように歌い終わった後も、母ちゃんは頑固に
「マルは話し方も性質も父ちゃんに似ているから、きっと美男子になるにちがいないよ」
と言った。
「あとは父ちゃんに負けないように歌も頑張ることだよ。さあ、少し休んだら昨日のおさらいをするよ。お前の歌はまだまだ深みが足らない」
「うん……」
マルはそう言いながら、母ちゃんの膝に顔をくっつけて横になった。いろいろな歌を稽古するのは好き。でも母ちゃんの膝を枕にしてあれこれ空想にふけるのはもっと好きだった。特に今日はいろんな事があった。それらを思い出しながら、あとしばらくの間、このまま母ちゃんの温もりを感じていたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます