第27話 物乞いの子マル 4

 やがてマルは、ふとある事に気が付いた。

「兄ちゃん兄ちゃん! おら達だけ川の真ん中進んでるよ! 何だか王様みたいだね!」

「とこまでおめでたい奴なんだお前は! 川の真ん中は木陰になってなくて暑いからだよ! ここはおら達物乞いの通り道なんだ!」

 兄ちゃんの声は少し怒ってるみたいだった。

「二人共静かに」

 そう言った母ちゃんはゆったりと頭を右に左に向けた。やがて、サッと手を伸ばし、ある方向を指さした。

「あそこに、北のもんがいるだろう?」

 実際、母ちゃんの指さした方向には、黒っぽい引き締まった体つきの背の高い、北部人らしい人がいた。その人の舟の上にはキラキラした白い布がたくさん重ねてある。母ちゃんは目が見えないけどちゃんと北部人のなまりを聞き分けたのだ。

「あそこに筏を近付けておくれ」

 母ちゃんに言われて、兄ちゃんは櫂で筏を来たの商人の方にグイッグイッと寄せた。

「こんにちは。あなたは今何を売っていなさる?」

 男はサッと振り返った。

「うわっ、何てみっともねえチビだ!」

 マルは、あんまり周りを見るのが楽しくて、いつの間にか頭巾を持ち上げて顔を丸出しにしていたのだ。マルは慌てて頭巾を深く被り直し、筏の上でクルッと丸まった。男はマルのそんな様子を目にして、ハッハッハッと声を立てて笑った。

「ごめんよちっこいの。でもおばさん、この子は賢いんだろう? イボイボもらう子は賢いってよく言うからなあ」

「そうだよ。それにしてもどうしてみんなこの子のことをみっともないなんて言うんだろうねえ。おらにはこの子が明け方のお日様みたいにきれいに見えるよ」

「おや、おばさん、あんたに明け方の太陽が見えるのかい?」

「見えるとも見えるとも」

 母ちゃんはにこにこ笑いながら言った。

「ちっこいの、よく見て母ちゃんに教えてやるがいいさ。これは鳥人の羽を織って作った布だよ。珍しいだろう。こっちの方にはあんまりいないからな」

「おら、鳥娘アリーンのお話ができるよ!」

「おおそうかい。それなら知ってるだろうが、鳥娘ってのは水浴が好きだろう? その時たくさん羽根が抜けて水辺に残ってる。それを集めるのさ。だいぶ値が張るが、お前さんが金持ちになったら、これでそのイボイボを隠す着物をこしらえるがいいさ」

 マルは北の商人の話を聞きながら、自分が鳥娘の羽衣のような服を身に着け空を飛んでいる様を想像した。

「ところで、北じゃあ何か変わったことは無いかい?」

 母ちゃんが尋ねた。

「変わったこと? あるぞ。北じゃ毎日色んなことがどんどん変わっているさ。今一番話題でもちきりなのは、『ひこうき』っていう新種の妖怪さ。これは人間が作った妖怪なんだ。これがなんと空を飛ぶんだ」

「そりゃ鳥人みたいなもんかい?」

「いんや。もっとずっとでっかくて飛ぶ時とてつもない音がする。まるで空をまっぷたつにするような音さ! ただしひこうきは、人が乗って『動けっ!』って言わなきゃピクリとも動かねえ」

「馬のように人はその上にまたがるのかい?」

「いいや。馬よりももっとでっかいんだ。神の使いの鳥ラダンみてえに大きくて、人はその頭んとこに乗るんだよ。ひこうきを飼う場所もとてつもなくでかくてな、海を埋めてわざわざ作った場所に飼われてるんだ」

 マルは北のおじさんが語るひこうきの話に夢中になった。聞いているうちに自分が「ひこうき」に乗って森や川や家々を見下ろしているような気分になった。

「カサン人ってのは全くてえしたもんだ。次から次へ新しい妖怪を作る。こっちの方じゃ……ほら、何て言ったっけな」

「ダムかい?」

「そうそう、ダムだよ。」

 母ちゃんは黙って下を向いていた。マルには、今、母ちゃんがとっても悲しい気持ちなんだってのが分かった。母ちゃんは今、死んだ一番上の兄ちゃんの事を思い出しているんだ。この兄ちゃんの事をマルは全然覚えていない。なぜならマルがまだうんと幼い頃死んじゃったから。母ちゃんはそれから歌い出した。悲しい、とても悲しい物語を。その頃、お嫁さんをもらったばかりで幸せいっぱいだった兄ちゃんは、ある日突然捕らえられ、「ダム」という巨大な妖怪を作っている場所に連れて行かされたのだ。ダムはとてつもない力を持っていて、いろんな物を動かしたり家の中を明るく光らせたりする一方で、ものすごく大食いで、マル達の住んでいた村を飲み込んでしまった。兄ちゃんはダムを作る仕事で死ぬ程こき使われていたけれど、逃げ出して命からがらお嫁さんと生まれたばかりの赤ちゃんの所に戻ってきた。それでしばらく平和に暮らしていた。けれども本当は、お嫁さんは兄ちゃんがいない間に悲しみで体が弱り、難産で死んでしまっていた。兄ちゃんは幽霊と暮らしていたんだ。このままでは兄ちゃんが死んだお嫁さんにあの世に連れていかれるって分かった母ちゃんは、なんとかそれを引き留めようと祈祷師のニャイおばさんにすがったんだけど、効き目が無く、とうとう兄ちゃんは川に身を投げて死んでしまったの…。母ちゃんの歌声があんまり悲しい調子だから、兄ちゃんの顔も知らないマルまで悲しくなってきた。けれどもこの物語をすると、何人もの人が筏を漕ぎ寄せて来て、じっと耳を傾け、時にはすすり泣きし、たくさんお金や食べ物を投げてくれるのだ。この日もいろいろな食べ物が筏の上に投げ込まれた。ドサン! とバナナがの房がマルの足元に落ちた。マルがさっそく一本もいで食べようとすると、兄ちゃんに、

「後で!」

と叱られ、パチンと手を叩かれた。

母ちゃんの歌が終わると、北のおじさんが少ししんみりした調子で言った。

「そうか。あんたの息子もダムにやられたんだな。ひこうきもわしらに災いをもたらさにゃいいが……。そこのちっこいの、お前が死んだ兄さんの代わりに親孝行をしなきゃならんぞ」

帰りの筏の上で、マルは母ちゃんの背中に寄り掛かってバナナを頬張りながら満ち足りた気分だった。女神様には喜んでもらえたし、おいしいものをたくさんもらえたし、「ひこうき」なんていうすごい妖怪の話も聞けた。ナティに聞かせてあげたら喜ぶかな、いや、びっくりするかもしれないな……。

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