第19話 ヒサリ先生 3

 それから、ヒサリは馬に揺られる間、子供の名乗った「マルーチャイ・アヌー・ジャンジャルバヌイ」を繰り返していた。カサン人の姓名は、最初に姓、後に名が来る。一方、アジェンナの人々はアマン人もアジュ人も共に最初が名前、最後が姓だ。そしてここでは姓は一般的に一家の職業を表している。真ん中は子供の生まれ順である。「アヌー・ジャンジャルバヌイ」は「歌う物乞い」の家系の末っ子を意味している。下層階級では末子相続が一般的なこの国では、「アヌー」がどれほど大きな意味を持つかをヒサリは知っていた。子だくさんのこの国では、先に生まれた子供はなるべく早く働きに出て若い両親の家計を助ける義務を負う。そして末っ子は年老いた両親の面倒を見ながら親が長年の人生で培った技や知識を全て継承する義務を負うのだ。「アヌー」と呼ばれる彼らはまた、一族の内外を問わす自分の覚えた歌物語を人々に伝え歌の技を後世に教える役割を担っているという。ヒサリが祖父からもらった「南の国のふしぎな物語」という本には、祖父が三人の「アヌー・ジャンジャルバヌイ」から聞き取った話が採録されていた。さらに祖父は彼らについてこうも記していた。

「南の国の吟遊詩人である彼らは、一人は目が見えず、一人は足が悪く、一人は皮膚病にかかっていましたが、皆白い布を上品に体にまとい、堂々としていました。そして彼らが広場で歌うとおおぜいの人が集まって来て泣いたり笑ったりするのです。人々の心を自在に動かす様はまるで魔法使いのようでした」

 祖父は「吟遊詩人」などというロマンチックな言葉を用いているが、ヒサリがこの国で実際目にした彼らは、皆薄汚い格好をした物乞いそのものだった。祖父がこの国に調査に来た頃には、そのような誇り高い物乞いもいたのだろうか。

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