第13話 妖怪ハンターの子ナティ 5
ナティは川べりのマルの住んでいる巨木の根元にたどり着いても、すぐに自分に家には帰らなかった。帰ったところで父ちゃんが飲んだくれてるだけだ。兄ちゃんたちにあれこれ用事を言いつけられるし、双子の弟達はうるさい。それよりはマルとマルの母ちゃんと一緒に夜更けまでここにいる方がよっぽど楽しかった。
ナティは、マルの母ちゃんは目が見えないけれど、自分にもこんな母ちゃんがいればいいのにと思った。ナティの母ちゃんは、ナティがまだ幼い頃恐ろしい妖怪を退治した際、毒に当てられて死んだらしい。けれども父ちゃんはその時の話を決してナティ達にしようとしないのだった。
マルは本当に歌物語が好きで、家に戻るなりすぐに母ちゃんにねだった。
「母ちゃん、おら、みんなの前でトゥラの話が出来るように稽古したい。あの続きを聞かせて」
「あれはまだお前には早いよ」
「でも聞きたいよ。トゥラもイボイボの子だから、トゥラがなんだかおらみたいな気がするんだもん」
「あれは恐ろしい話だからね」
「恐ろしい妖怪が出てくるの? トゥラは殺されちゃうの?」
「殺されはしないけど、とにかく恐ろしい話なんだよ。それよりマルや、ダニーの武勇伝を聞きたくないかい」
ナティはゴクン、と唾を呑み込んだ。ダニーはナティの母、ダナエの愛称だ。マルの母ちゃんはマルとナティーによくダニーの話を聞かせてくれた。
「聞きたい! 聞きたい!」
マルはそう言ってサッとナティの方を見た。ナティも聞きたいでしょ、と言わんばかりに。ナティは返事が出来なかった。聞きたくない、と言えば嘘になる。しかし落ち着いて聞くという気分にはなれない。
この日の話はいつものダニーの話とは違い、滑稽な話だった。ナティの父さんは、ダニーと結婚したばかりの頃、自分が臆病なことが人に知られるのが恥ずかしくて、ダニーが倒した妖怪もみな自分が倒したのだと周りに言いふらしていたそうだ。しかしその武勇伝が地主様の耳に入り、ついに地主様の家の裏に出没する恐ろしい吸血鬼を今すぐ退治せよと呼び出された。それがちょうど、ダニーが出かけていない時だったからしょうがない、ナティの父ちゃんは地主様に呼ばれたら断れず、おっかなびっくり行ってみたものの、いざ吸血鬼を目にするや恐怖のあまりでたらめに竹やりを振り回した。するとたまたま吸血鬼の目に当たり死んでしまった。以来地主様はナティの父さんを信頼し、悪い妖怪が出る度に必ず彼を呼ぶようになった、というのだ。マルは話を聞きながら面白がって笑い転げたが、ナティは情けなくなって下を向いた。マルの母ちゃんは誰かから自分の父ちゃんと母ちゃんのエピソードを聞いて、それを歌物語にしたのだろう。
「あーあ。父ちゃんがほら吹きで臆病なのは昔からなんだな」
「ナティ、臆病なのは悪いことばかりじゃないってことだよ。臆病だからこそ、あんたの父さんは今まで生きてこれたんだ。それにあんたの父さんは優しい男だよ。それから誰よりも妖怪のことを知っている。勇敢なダニーはお前の父さんのそんな所に惚れたんだろうねえ」
マルの母ちゃんはナティに優しく語りかけた。
そんな話をしているうちに、マルの兄さんが帰って来た。そしていつものように物乞いで得たお金や食べ物を床に置くと、自分はさっさと穴の奥に入って横になった。マルの兄さんはマルのようにほがらかで人懐こい性格ではなく、ナティとも口をきこうとしなかった。兄さんが横になると、マルは母親について歌に乗せて語られるダニーの武勇伝を、一節ずつ唱え始めた。マルは末っ子だ。一家の末っ子というのは、親の持っている技や知識をみんな受け継がないといけないのだ。
「マルや、ダニーはとても勇敢なんだからね、そんなふにゃふやした歌い方じゃ駄目だよ。もっと力強く歌わなきゃ」
「はーい」
ナティーは二人のやり取りを聞いてるうちにちょっぴり切なくなってきた。
「俺、もう帰んなきゃ」
ナティは立ち上がった。
「気を付けてお帰り」
マルの母さんが言うと、
「またね」
マルがナティに手を振った。イボイボの下はきっと飛び切りの笑顔なんだろう、とナティは思った。
ナティは母のダニーの顔を覚えていなかった。マルの母ちゃんの話によると、ダニーは村を脅かす恐ろしい妖怪を次々と倒し、その名前はかつてマルの母ちゃんが住んでいた村の方にも知れ渡っていたらしい。
(ああ、母ちゃんが生きてたら、俺もマルみたいに母ちゃんからいろいろ教われるんだけどな……)
母ちゃんは妖怪退治の名人だっただけじゃない。ものすごい美人だったって話だ。しかしその母ちゃんがどういうわけか臆病者の父ちゃんと結婚したのだ。そしてダニーにぞっこんだった父ちゃんは、ダニーが死んでから酒浸りになり、仕事もろくにしなくなってしまったのだ。
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