第7話 妖獣の靴職人の子ダビ 7
ダビは虚ろな気持ちを抱えたまま、橋を渡り切った。そのまま立ち止まり、目の前に続く道をぼんやり見詰めていた。今日、学校で耳にしたシム先生の言葉が何度も何度もダビの頭の中でこだました。自然と涙が溢れ出した。
(ああ、俺は一体どうしたんだろう。こんな俺じゃないのに。これまで学校で嫌な事があっても、泣いたことなんか無かったのに)
この時、ダビの耳に、木の葉のざわめきと共に子供の歌声が聞こえてきた。
「私のなげき 太陽に 届きはしない だから聞け 地を這う虫よ 野の草よ カエルよ蛇よ 聞いてくれ 独りぼっちで 醜くて 泥にまみれた 私の言葉を……」
ああ、マルだ、マルが物乞い歌を歌ってるんだ、とダビは思った。それは有名な歌物語の一節だった。身分違いの恋に悩む青年が、実らぬ恋を嘆く歌だ。マルは皮膚病をわずらいあれほど醜いというのに、不思議なことにその声は少しも損なわれておらず、この世の悩みも苦しみも何も知らないかのように澄んでいた。物悲しい歌を歌う声があまりに無邪気で子供っぽいために、ダビはかえって胸が締め付けられるような心地がした。
(ああ、マルは幼な過ぎてあの歌の意味が分かってないんだろう。でも今の俺にはよく分かる……)
少し歩くと、マルが椰子の木の下に座って一人歌っているのが見えた。いや、一人というのは正しくない。マルの周りにはハエがまるで歌を聞いているかのように群がっていた。それだけではない。ハエと共に目玉おばけがふわりふわりと漂い、赤い涙を周りに雨のように降らせていた。
(ああ、あんなものが見えるなんて、俺は疲れてるんだ……)
妖人の子なら誰でも、それぞれ程度の差はあれど様々な妖怪や精霊が見える。ダビは、妖人にしては普段あまりその類が見えない方だった。ダビはなぜかこの時、普段は避けて近寄らないようにしているマルと話をし、昨日の事を謝りたい気持ちになった。
ダビが立ち止まってマルを見詰めていると、やがてマルがふと歌うのを止めた。イボで半分つぶれたマルの視線がダビの方に注がれているのが分かった。ダビが口を開きかけたその時、マルは自分からそっと視線を逸らすように俯いたかと思うと、地面に指でクルクル何か描き始めた。ダビはそのまま、重い足を引きずるように自分の家に向かった。
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