私の幸せ

 あかねが移動するのが気配でわかった。私の後ろに回り、その背中をぴたりと私の背中にくつけた。

「わかってる」

 静かに響いた。彼女の声はとても優しい。

「同じ意味じゃないことくらい。だけどね、柘柚さん。私はそれでいいんだよ。あなたが生きてくれているだけで、私は幸せ」

 歌うように軽やかに、彼女は言うのだ。そんなにも簡単に、幸せだと言うのだ。私はこんなにちっぽけだというのに。

「柘柚さんが私に謝ることなんて、一つもないんだよ。私は柘柚さんにたくさんもらってる。私はただ、わがままを言ってあなたを引き留めただけ。私の方こそ、貰ってばかりでごめんなさい」

 私はぐしゃぐしゃになって、顔面をどろどろと汚して泣いた。とめどなく涙が溢れ落ちる。止められなかったし、止めようという気もおきなかった。

 背後にはあかねの気配があり、そのよくわからない不思議な存在は微かに温かかった。

 彼女はただ静かに私を慰めた。言葉はなく、優しい空気のみで私を包んだ。

 何て幸せなのだろうと思った。あかねが私のどこをそんなに好いてくれているのか検討がつかないけれど、兎に角愛されている実感があるのは幸せなことに違いなかった。

 彼女がくれた好意は中途半端なものではなく、美しかった。私はそれに答えるために、生きていかなければと、生きようと決めた。

 あかねがいればもう何も要らないと思った。 ただ私を信じて愛してくれる人が一人でもいるならば、それ以外は何も。

 ぐぎゃぁと鳴いて消えたかつての相棒。あいつについていかなくて良かったと心の底から思う。

 私が側にいたいと思うのはあかねだけだ。

 文字を読めなくて、書けなくて、寂しくて、優しくて、温かくて、可愛くて、素敵な幽霊の女の子。

 あぁ、好きだなぁ。と思った。

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