First Impression

@smile_cheese

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『頼むな』


この言葉が始まりだった。

新人として今の部署に配属された日、先輩の春日さんが私に掛けてくれた言葉。

照れくさそうにその場を立ち去った、あのときの春日さんの大きな背中は今でもはっきりと覚えている。

その日から、私は春日さんのことが好きになった。


??「お、まなふぃじゃん」


春日さんと同期の若林さん。

はっきり言って私は若林さんが苦手だ。

複数の女子に対して贔屓とも取れるような行動を取ったり、触れられたくないような痛いところを面白おかしく突いてくる。

それだけが理由ではなく、どことなく私に似ているような気がして、それが嫌でつい反抗的な態度を取ってしまう。

それでも、若林さんは特に気にする様子もなく、こうやって毎日気さくに話しかけてくれる。

それはありがたいのだけれど、やっぱりどこか苦手だ。


高瀬「何ですか?」


若林「春日のやつ見なかった?あいつ、昨日財布落としたらしくてさ。からかってやろうと思って」


高瀬「今日はまだ見てないですけど、普通そういうときって慰めません?子供じゃないんだから」


若林「だったら、まなふぃが声かけてやってよ。落ち込まなふぃってさ」


高瀬「もう!ふざけないでください!」


いつもこうだ。

会うと必ずと言っていいほど最後は私が怒って終わる。

この人が社内の女子たちから一番人気があるなんて私には到底信じられない。

それにしても、春日さんは大丈夫だろうか。


若林「おや?今、春日のこと考えてた?」


高瀬「な、そんなことないです」


若林「あ、図星だ。まなふぃは春日に夢中だからな」


高瀬「私の何を知っているんですか!」


否定できない恥ずかしさから、つい大きな声を出してしまった。


若林「どうしたんだよ。なんでそんなに怒ってるんだ?」


若林さんは、意地悪だ。


高瀬「本当はわかるくせに」


若林「わからないよ。いや、わかってるけど、わかりたくないんだ。だって、俺はまなふぃのことが…」


??「若林先輩、おはようございます」


若林さんが真剣な表情で何か言いかけた瞬間、後輩の小坂がその言葉を遮るように現れた。


小坂「高瀬先輩もおはようございます」


若林さんは小坂のことが好きだという噂を耳にしたことがある。

普段の態度からして私もそうだと思っていた。

だけど、だったらさっき言いかけた言葉は?

あれって、もしかして…


小坂「二人で何話してたんですか?」


若林「え?いや、大した話じゃないよ。あのー、ほら!春日がさ、財布落としたんだって。馬鹿だよな、あいつ」


小坂「そうなんですか?春日さん、可哀想」


若林「だから、からかいに行こうと思って」


小坂「もう!駄目ですよ、先輩」


若林「そういうことだから、ちょっと春日探してくるわ」


何かを必死にごまかすように、若林さんは慌ててその場を立ち去った。

私の心にモヤモヤした気持ちだけを残して。


お昼休みの時間になり、私は弁当を持って職場の近くにある公園へと向かった。

思った通り、春日さんがベンチに腰かけていた。


高瀬「春日さん、お疲れ様です」


春日「おお、高瀬くんじゃないか。お疲れ」


高瀬「お昼、食べないんですか?」


私はわざと知らない振りをした。


春日「いやー、参ったよ。昨日財布を落としてしまってね。だから、今日はご飯抜きなんだ」


高瀬「そうだったんですね。あの、良かったら私のお弁当食べますか?」


春日「え?いいのかい!?」


高瀬「私、今日はあまり食欲がないので」


春日「それは助かる!ありがたく頂くよ」


春日さんが私の作ったお弁当を食べている。

それだけでなんだか特別な感じがして嬉しかった。


春日「うまし!うましだよ、高瀬くん。良いお嫁さんになるよ、うん」


その言葉にドキッとした。

だって、私がお嫁さんになりたい相手は…

そのとき、なぜか一瞬脳裏に若林さんの顔がちらついた。

私はひどく動揺する。

そして、動揺を隠すために春日さんに話を振った。


高瀬「そういえば、若林さんには会いましたか?春日さんが財布をなくしたこと、からかうって言ってましたよ」


春日「うん、さっき会ったよ。確かにめちゃくちゃ弄ってきて困ったよ。ははは…」


やっぱり、若林さんはそういう人なんだ。


春日「けど、その後でコーヒーを奢ってくれたんだ」


意外だった。

私の知らない若林さんだ。


春日「若林くんは人をからかったりするのが大好きだけど、根は良い奴なんだよ。じゃなかったら、こうやって毎日楽しく仕事なんて出来ないよ。彼は同期というより、芸人で言うところの相方みたいな感じかもしれないね」


春日さんのこういうところが好きだ。

けれど、私の中で若林さんの印象が大きく変わりつつもあり、心のモヤモヤがどんどんと大きくなっていることに気がついてしまった。

私は一体どうしてしまったのだろうか。


第一印象から惹かれていた春日さん。

そして、第一印象が最悪だった若林さん。


今の私が好きなのはどっち?



完。

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