第29話 蟻の巣観察日記

 初めまして。<∫#/∫¥/∫|>と言います。

 


 君は物凄い直感と幸運で私に出会って縁を作った。おめでとうございます! ここ最近こんなに喋ったのは久しぶり。ナンパ男は世界中に山のようにいるけど、命を張ってまで関係を深めようと思ってる来栖くんは結構すごいよ。


君の命はここで終わりになってしまう可能性が高いけど、その代わりに、世界中の研究者たちが舌なめずりして欲しがる取っておきのことを教えてあげる。

 



 それはね、この宇宙のこと。

 この世界の全ての始まりのこと。

 



 まだ大学に入ったばかりの文系の君でもわかるように難しい言葉は端折はしょってあげる。私に感謝しなさい。エッヘン!

 


 世界がどんな風にできたか知ってる?

  


 イエズ教で神は「光あれ」と言ったらしいんだ。それは一部合っていて一部間違っているの。



実はね、この三次元の世界は偶然生まれたんだ。最初は、空間なんてものはなかったんだよ。何千、何万、何億、何兆、何京……途方もない時間と回数をかけて、私は体育座りしながら人差し指で虚空をつんつんつんつんしてた。


 私の周りには何もなかった。無だったんだ。何回突っついても何の抵抗も感触もなかった。でも私は他にやることがなかったから、ずっと、ずーっとそれだけを繰り返したよ。時間は無限だったから。



 そしたら、最初の存在の粒が、限りなく低い可能性の網を抜けて時空を突き破り、無の中にできたの。


それは存在した瞬間に矛盾した存在になったんだ。だって、無の中に有があるんだもの。


言葉にしても既に破綻はたんしてるよね。そのことは、誰であっても耐えがたいこと。それは人間でない動物や植物や、言葉や概念や空間や次元であっても同じなんだよ! 作者の気持ちになればわかるよね!?



 そうするとどうなるか。矛盾に耐えられない世界は、途端になんでもありになるんだ。

おもしろいよねー。


そうすると、粒子は勝手に増えたり、爆発的に膨張したり、姿を変えてみたり、空間を作ってグルグル回りだしたりした。嬉しかったのかな? 知らないけど。


 

いつの間にか空間は無限に広がって、ずっと爆発してる奴とか、爆発してる奴の周りをやっぱりグルグルグルグル回る奴とか、そんなのが数え切れないほどできた。



そんなカオスな風船の端っこの端っこにビー玉みたいな青い星を本当に偶然見つけたときはとってもわくわくしたんだ。


ビー玉を拡大するとごみみたいに小さい生き物たちがいて、それを拡大するともっと小さい生き物がいた。



その子たちはただグルグル回るだけじゃなくてすごく複雑な動きをしていて、単調な観察に飽きていた私は楽しくて楽しくて、蟻の巣の日記をつけるみたいに夢中で見てたよ。



 何十億年とずっと見てたら、あるとき蟻の仲間になってみたくなった。蟻達と一緒に行列してみたり、せっせと餌を運んだり、運が悪いと強いやつに殺されたりする生活を送ってみたくなったんだ。僕は迷いなくその世界に飛び込んだ。だけどあまり器用なほうじゃないから、縮尺を間違えて君たちが言うところの猿という種になってしまった。


そいつは体育座りするにはちょうどいい骨格と肉付きをしていたから、まあいいか、としばらくの間のほほんと暮らしたよ。暮らしているうちに、素晴らしい多様性を持ったビー玉星の魅力に取り憑かれてきた。それに触れてみたくなったんだ。


 だから僕は、木の枝を拾えるように少し身体を変化させた。それを振り回したり投げてみたりして食糧を取った。これがまた予想もつかない動き方をして面白かったな。僕は雌雄のどちらでもない両性具有だったのでどんどん仲間を増やした。これまた面白いことに僕が自分に与えた特性は仲間たちにも伝播した。


気まぐれに遠くを見れるように立ち上がってみれば、仲間たちも真似をして立ち上がった。体にまとわりついてくる蚤やしらみ鬱陶うっとうしくて少し毛が生えないようにしたら、僕と交配した仲間はやはり毛が少なめの子どもを産んだ。


 手でものに触れる感触が気に入ったので、いつしか手をついて歩くことをやめた。そうするとやはり仲間も真似して四つ足で歩かなくなった。いつしか鳴き声は言葉となり、お互いの意思が理解できるように複雑化して、それに引きられて脳もどんどん複雑になっていった。


それに伴い、あれほど仲良くしていた仲間たちがいがみ合うようになった。時に取っ組み合いから殺し合いになるようなこともあった。まあ正直十回くらい殺されたよ。俺は痛いという感覚が嫌いだった。


 闘争が深まると同時に、祈りも生まれた。時にいがみ合うからこそ、自己防衛本能として協調や安定を求める能力が育ったんだね。何故か仲間たちは石を並べた特別な場所を作って、天や地や森や川を仰ぎ祈りを捧げるようになった。狩りや実りの豊穣を願って彼らは祈った。


その効果が不安定だったからか、彼らは自分たちに似た偶像をいつしか語るようになった。これには少し笑ってしまったよ。自分たちに似た何かを<神>のように語るのだから。


 そうこうしているうちに、儂が目をつけていなかったなんか真っ赤な星のやつが我が物顔でビー玉星に降りてきた。そいつらはよくこの世界の仕組みを知っていて、儂の仲間たちは神が降りてきたかのように信奉し始めた。


これにより文明と呼ばれるものが一気に拡大した。抽象的なものを記録する手法や、川の水を使った作物の飼育が、仲間たちの生活を一変させた。


最初は儂も物珍しげに見ていたが、あまりに進歩のスピードが早すぎたし、何より儂の好きなビー玉星と仲間たちを最終的に家畜化しようとしていたのがかんに触った。



星読みなどという名目の元、すっかりさっぱり宇宙のことを説明しきろうとしよった。儂の好きなこの仲間達がさらに進化してそれらを説き明かす様が見たかったのに、全部上から目線で教えこもうとしよった。またそれが気に食わなかった。



 苦渋の選択として、気候変動を起こして全部トイレみたいに流すことにした。そのナマイキ星人以外を残すのがなかなか難儀で、儂の千里眼とテレポーテーション能力では全部の動物の雌雄を一対残すのがやっとだった。


何とかうまいこといったが、文明は少なからずダメージを受けた。しぶとく少数残ったそいつらの権威を失墜させるため、ついでにビー玉星をちょいちょいっといじってやることにした。たちまちにそいつらの権威は失墜し、滅亡した。


 でも人は、ナマイキ星人のやり方をしっかり学んだ。ビー玉星は⚪だ、という者も何人かいた。それをミスリードして進める奴も何人かいた。僕は本意ではなかったが、このままナマイキ星人どもの思惑が蔓延のさばるのが気に入らなかったので、処女を受胎させていわゆる「イエズ」を誕生させた。


こいつがなかなか有能なやつだったね。僕の思惑をうまいこと汲んで、欧州と呼ばれる一部地域に広めていった。でも、案の定ボス猿に目を付けられて殺されてしまったので、ちょっと反則で一瞬復活させたんだけど、無茶だったね。だって心臓動いてないもの。



 それでもイエズは歴史に残り、世界中に広まることになった。それは今、この国にも根付いているね。その後いい感じに世界を究明する人間たちがたくさん出てきたのだけれど、何しろ僕も無理矢理規則を変えたものだから、色々説明に無茶が出てきた。でも人間の学者は健気にも私の作っためちゃめちゃな理屈を頑張って説明しようとしてくれたね。


 でも、そのせいでナマイキ星人の文明レベルに至るまでのスピードが落ちてしまった。申し訳なくなってきて、だいたいイエズが死んでから千五百年くらいしてからだろうか、思い立ってまた世界を元に戻した。


人間たちはほぼ気づかなかったけど、少しずつ星の軌跡や天体の運行が計算と合わなくなって、少数が騒ぎ始めた。だんだんその騒ぎは広がって、何人かの学者はビー玉星は回っていると迂闊うかつに主張して、イエズ教の奴らに封殺されたりした。


私の世界改変は規則を変えるから、学者達は今までの理論に綻びが出来ていることに徐々に気づき始めた。人間は面白いよね。規則が一貫していないことに本能的に気づくんだ。


回りくどいことはシンプルに説明しようとするし、観測結果を見て元の理論を修正しようとする。そうして、君たちが今使っている地動説が生まれ、物理学が生まれた。





 そろそろ分かったかな? この宇宙も銀河も星も動物も人間も、規則も論理も何もかも、私が作ったんだ。

 




 そうなんだ。私は、君たちが言うところの、<神>と言います。初めまして。

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