第19話 神学論争(その後)

 担任からこっぴどく叱られ、父からも散々詰られた僕は、それでも事件を解決に導いた功績を認められ、一ヶ月の自宅謹慎で済んだ。


天野さんはあの日、大怪我をした。救急車の担架に乗せられながら一言、

「単身助けにくるとは、男の子じゃないか、助手」

とこの上ない賛辞をくれた。何度か受けた暴行による怪我のため、彼女は一時休学という扱いで療養に入った。



 事件の次の日、ぼーっとバラエティ番組を見ていると、姉がジャスミン茶を二人分持ってきて僕に差し出し、労わるように話しかけてきた。


「お疲れさま。よくやってくれた弟よ」

と、僕の肩を叩いた。僕は聞きたかったことを聞いた。

「……あの手紙はなんだったの? 」

そう聞くと、しばらくじっと僕の顔を見て、仕方ないかという顔でこう言った。




「あれはね、……プロポーズ」




あまりに埒外らちがいの回答が来て思わず顔が強張る。


「どうせ取調べが進めばわかっちゃうことだから。誰にも言ってなかったけどね、私、先生と付き合ってたんだ」

疑問符と驚愕が入り混じった顔が硬直する。


「私が卒業するとき、プロポーズされたの。大学卒業してからでいいから結婚してくれって。それで、ずっと返事を保留してた。理由はわかるでしょ? 」

無論、彼の思想信条のことだろう。


「最初は私も理解できなかったのだけど、彼の話を聞いていると、あの神道って考え方は割と素敵な考え方だなって思えた。みんな太陽の下では平等。全てのものに生き物みたいな心がある。そのコップにだって心があるって言うんだよ。ふふふ」

子どものように笑った。 

     

 「あの人ね、本当はすごく優しいんだ。あきに負けないくらい優しい。でも、例の神道の話になると人が変わったように怖くなって。……なんとかっていう武闘派組織のリーダーなんかやってて。どうしてもそれが嫌だった。だから、手紙を書いたの。『人を傷つけるような怖いことをやめてくれたら、考えてもいい』ってね。そしたらまさか渡っていないとはね」




 つまり、今回の騒動の発端は、つまり……僕なのか。思わず身じろいだ。



 ……え? 今結婚を受けるって言った? 



「大丈夫、あきを責めたりしないよ。きっと手紙を見ていてもあの人はいつかこんな大事件を起こしたと思う。それに、天野ちゃんには悪いけど、実際犠牲者は出なかったし。よくやったよ、あき」

そう言う姉の顔は、今にも泣き出しそうで、それを押し殺すかのような表情だった。そんな顔をする姉を僕は今まで見たことがなかった。


 翌日、うちの学校で起きたテロ事件は大いにニュースやワイドショーを騒がせたが、なぜか立花先生と姉のただならない関係については一切報道されなかった。それは獄中の先生が最後に見せた、教師としての意地だったのかもしれない。


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