第13話 魔女狩り(7)

「……それで、置いたんだ、人形」

天野さんが静かに聞いた。弓削さんは観念したように頷いた。


「なんで? ちはるそんなことする子じゃない。何を持ちかけられたの? 仇を取るってどうやって⁉︎ 」

そう言う天野さんは整った眉に少しだけしわを作っていた。怒っているようだ。弓削さんは頭を抱え、体育座りの姿勢で椅子に座り込んでしまっている。


「魔女……あの、怪談の魔女をいぶし出すって言ってた。これは狼煙のろしだって。真犯人に対するメッセージだって。そいつは必ず尻尾を出すって……でも、ありえない……」

ガタガタと震えながら弓削さんは怯えている。


見かねて立花先生が助け舟を出した。

「その怯え方が気になる。何がありえないんだ? 」

弓削さんは動かなかった。だが、意を決したように立花先生の顔を見据えた。

「……言われたんです。もし言われたことを実行したら、したら……普段なら絶対そんな危険なことに関わったりしないタイプの人間が……異様な興味を持って事件に関わってくるって……。そいつが、魔女の関係者だって」


そう言って、僕と天野さんの顔を見上げた。その強い視線を受けて背中が硬直した。これは……疑われている? 僕と天野さんが? 弓削さんは僕の方を見ながら続けた。

「……来栖くんのことはよく知らない。最初から怪しいなって思ってたし。でも、あたしが気になるのは、美凪のほうだよ」

突然名指しされた天野さんは目を見開いて硬直した。


「……普段から口数少ない子だと思ってたけど、ここ数日なにか違和感があった。怖がりだからホラーとかグロテスクな映画とか苦手じゃない? でも、調査に協力してって言ってから活き活きしてた。さっきの……屋上だってそう。なんでついてきたの? いつもならありえない……! 」


あの時の台詞、ありえないってそういうことか。だが、どう考えても言い掛かりだ。僕が一言物申そうともごもごしていると、先生が代弁してくれた。


「……いくらなんでもそれだけで疑うのは無理がある。他に証拠でもあるのか? 」

弓削さんはじっと先生を見つめた。 

「ありません……」

それを聞いて先生はため息をつく。それに被せるように弓削さんは話し始めた。


「……でも、直感してます。今の美凪には違和感しかない。普段の行動と全然違う。朝早く集合かけても一番乗りで待ってるし。モデルとか副業もしてるのに」

立花先生が弓削さんの様子を注意深く伺いながら答えた。


「……女の勘って奴か。そう言われると何もわからんな。で、どうなんだ? 天野」

訊かれた天野さんは椅子に座ったままやはり動かなかった。


「……私は犯人じゃありません」


静かに答える。弓削さんが口を開いた。

「私も犯人だとは思ってない。でも、あの脅迫めいたメールが言っていたことが外れていないんだよ。ねえ、教えて。『八千年生きた老婆』ってなに? 」

その言葉を聞いて、天野さんはまた目を大きく見開いた。

「……その言葉は、誰から聞いたの」

弓削さんが答える。


「さっき言った脅迫してきた奴。ヤオヨロズという組織の者だって名乗ってた。


……ああ。そしてそいつはこうも言ってたよ。『八千年生きた老婆』と聞いて、それを知っているような反応をした人物がいれば、そいつは魔女かも知れないって! 」


さすがにこの発言には僕も立花先生も驚愕し、椅子から立ち上がる。

「な、なんだって? 」

立花先生が弓削さんに詰め寄る。


「言ったままです。そうメールに書いてあった。私だって信じたくない。でも、でも、今の美凪の反応。言われた通りなんだもの。どうなの! 美凪! 答えて! 紗姉ちゃんを殺したの!? 」

弓削さんは感情が爆発したように天野さんの肩を揺すり、何度も問いかける。


天野さんは呆然とした顔でなすがままにされていた。そしてぽつりと呟いた。

「違う。私は……魔女じゃないよ」

弓削さんはもうどうしたらいいかわからなくなったのか、椅子に座り直し、泣きじゃくった。


その様子をしばらく眺めて、先生は三人に向き直って言った。


「これは俺の責任かもしれない。すまない。今日はもう遅くなってきたし、三人とも帰りなさい。……弓削は今日は親御さんに迎えに来てもらおう。そしてまた来週話を聞こう。……天野さん、君もだ」

僕らは呆然としたまま、その日は解散した。

 


 

 翌週の月曜、僕は学校に行かなかった。また行けなくなったのではない。事件が起きたのだ。

日曜の夕方、緊急連絡網で全校生徒に一週間の休校が告げられた。それ以上の概要がさっぱり分からなかったので、僕は立花先生の個人的な連絡先にメッセージして聞いてみた。以下がその返答だ。

 

 「女生徒が一人、土曜の夜にマンションから飛び降りて亡くなった。詳細は警察が調査中だが、事件性はないという結論になりそうだ。つまり、自殺だ。生徒の名は、弓削ちはる。これ以上は今は伝えられない。正式なアナウンスを待ってくれ。しかし、やはり。俺が巻き込んだかもしれない。君たちにも本当に申し訳ないことをした。俺は、教師をやめようと思う。教え子をこんなことに巻き込んでしまうなんて、教師失格だよ」

 

 無機質な携帯電話のディスプレイの発光を見ながら、僕は恐怖が身体中を巡っていくのがわかった。魔女狩りのイタズラが始まって今日で一週間。生徒が死んだ。弓削さんとはそれほど親しくはなかったが、金曜日のあの様子を見ても、とても自殺するような人に見えなかった。


 あのノートを思い出した。見たことも無い文字の羅列。「魔女」「呪」の文字。休校が明けたら学校中の噂になるだろう。僕はまた学校に行けなくなるかもしれないな、などと思いながら、強ばった背中を震わせ、布団にもぐる。そのままその日は布団から出なかったが、全く眠れなかった。翌朝気絶するように眠り、次に目を覚ましたのは月曜の夕方だった。


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