第12話 魔女狩り(6)

「浅野先生! 教室棟の方の様子を見てきてください。パニックにならないようにしないと。私はこの子達を返しながら現場の様子を見てきます」


立花先生がそう言うと、浅野先生は頷いて教室のある反対側の棟の渡り廊下に向かって走っていった。


「さてお前ら。教室に帰りなさい……と言いたいところだが、こんな話を聞いてしまった以上気になるのも仕方ない。ついてくるか? 」

そう言うとウィンクした。不謹慎な発言だが、こういう所が立花先生の魅力なのだ。

「行きます」

青ざめた顔をした弓削さんが即答すると、津田さんは、

「わ、私と美凪はいい……かな」

と目を逸らしながら言った。


 弓削さんはそんな津田さんの発言など全く耳に入っていないようだった。立花先生が屋上に向かって走り出すとその後ろを弓削さんが付いていく。慌てて姿を見失わないように僕も後を追った。

 

 見つかって時間が経っていないからか、屋上は野次馬の生徒たちが二、三十人も集まっていた。立花先生は大きな声で教室に帰れ、と怒号をあげながら現場に近づいていった。その後ろに弓削さんと僕がついていく。しばらくして、状況がわかってきた。


 今度の現場は、屋上にある小さな建屋、その屋根に当たる場所に人形が串刺しにされて磔られていた。一、二、三……数は十五体。遠目でもよく見える。また気を失ってしまうかも、と一瞬不安になったが大丈夫だった。というのも、朝に聞いたそれとくらべてそれほどグロテスクな様子ではなかったからだ。


「うーん、これはちょっと、趣きが違うね」


背後から声がする。振り向くと、何と天野さんがいた。人形を見ながら、またも探偵よろしく顎に指を当てて何か考えているようだった。


「……あ、天野さん、まさかついてくるとは」

思わず言葉が漏れてしまうとそれを見て天野さんが一瞬いたずらっぽく笑った。だがすぐに真顔に戻る。


「ねえ来栖くん。違和感を感じないかい? 」

また何か変なテンションになっているようだ。違和感については、まあ、間違いない。


「血が付いていない。服も……汚れてない」

僕がそう言うと彼女は満足げに頷いた。

「そう! それだね。これは一体どういうことだろうね」

答えを知っているなぞなぞを出すようにニヤニヤと笑っている。変わった子だな、と僕は思った。


 そんなやりとりをしていると、階下から教師たちが駆け上がってきて現場を囲うようにし、生徒を教室に戻し始めた。その中には立花先生もいた。


「天野、弓削、栗栖! お前達も教室に帰りなさい。……放課後、生徒指導室に来て」

そう耳打ちされたので、ひとまず僕らも教室に帰ることにした。弓削さんは僕らの様子を見て最後までなにか怯えたような顔をしていたが、大人しく僕らに続いて帰った。



 相変わらず騒然とした教室を尻目に、僕と天野さん、弓削さんは生徒指導室に向かった。屋上に行ってから弓削さんはやけに静かになっている。少し心配だった。

 生徒指導室では、立花先生がパソコンで作業をしていた。失礼します、という天野さんの声に気づき、僕らをデスクチェアに座らせる。


「来てくれたか。くそ、全く何だっていうんだこのイタズラは。……君らはもう色々知ってしまっているから気になるだろうと思って呼んだ。だから、あまりこれ以上危ないことをするなよ」

髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら立花先生は教えてくれた。


「第一発見者は昼休みに休憩に来た一年生の男子だ。それまでは誰も屋上に行っていない。全く、朝から晩まで色々起きるな。今日もまた見回りか……」

僕と天野さんがボーッと聞いていると、弓削さんが呻き声を上げた。



「ほんと……もう……何なの……何の意味があるの!」


そんな弓削さんの様子を見て、立花先生は口を開いた。

「……実は弓削の家族のことは知っていた。非常に繊細な問題だから黙っていようと思ったんだが、さっき君がもうみんなに話してしまったから、教えよう。先生は昔、魔女史っていうマイナーな学問を専攻していてな。『少女の心臓を串刺しにする』っていうのは、いわば呪いだ。魔女を祓う、あるいは魔女を召喚するための儀式という伝承。日本の色んな地方に似た類型の風習が残っている」


僕ら三人は目を見開いて耳を傾けた。

「……また魔女……何なんですか。そんな妄想に取り憑かれている人がいるとでも⁉︎ 」

弓削さんが食ってかかる。だが立花先生は冷静だった。

「それはあながち間違っていない。あの事件のことを知っているんだろう? じゃあ知っているはずだね、ノートのことを」

弓削さんの顔面が蒼白になった。


「ノート? 」

天野さんが聞き返した。口調は落ち着いてはいるが興味津々といった所だ。何だかだんだん天野さんに慣れてきた。

「……転落死した後に出てきたんだ。なんか、訳の分からない言葉が書いてあったって」

弓削さんが立花先生の代わりに答えた。天野さんはその憔悴した様子を見て、押し黙った。


「ウィッチ・シンドロームという病気がある。これも魔女史上で何度も出てくる用語だ。魔女の妄想や魔女憑きといった言い方もされるね。魔女狩りの儀式のような意味不明の行動を取った後……ある日突然、狂うという」

 

 「先生。それ以上はやめて。大丈夫? 」

天野さんが凛とした声で立花先生の言葉を遮る。それを見て先生も言葉を訂正した。


「すまん、自分の専攻分野だったものでつい饒舌に語ってしまった。君は親しくしていたんだったね。この通り、謝る」

立花先生は首を垂れた。弓削さんはなぜか小刻みに震えながら、ぶつぶつと何かを呟いていた。


「どう…こと…? 一体……されてたの? 」

その様子は尋常ではない。蒼白だった顔面がさらに色を失い、生気がない。

「ねえ、ちはる。大丈夫? すごく顔色悪い」

「みな……やっぱりおかしいんだ……なんで? 」

弓削さんの様子は夢遊病患者のようで、現実感がなかった。僕と立花先生の顔もこわばる。


「ストレスが大きかったか。具合が悪そうだ。急いで保健室に……」

そう言って立花先生が内線電話に手をかけたとき、天野さんが驚くべき言葉を言い放った。


 

「ちはる。聞いていい? 朝の人形騒ぎ、犯人は、ちはるだよね」

その瞬間、僕と立花先生の動きが止まる。


 

 え?


 

弓削さんは生気のない顔のまま微動だにしない。

「……今朝、校内を三人で探そうって言ったとき、ちはるが探しに行ったところが準備室のあるエリアだった。そこでちはるは例の人形を見つけた。でも、ごめん、言えなかったけど、おかしいと思ったんだ。だって、準備室だよ? まだ、先生たちが来る前の早朝は鍵が掛かってるよ。でも、まあ、もしかしたらたまたま鍵を閉め忘れてて入れたのかもって、そう思ってたんだけど」

よく通る声が少し詰まった。


「監視カメラの映像のチェックの話。あれを聞いてまたおかしいなって思った。だっ

て見回りはしっかりされてたって言っていて。戸締りも確認したって言ってた。つまり鍵は掛かってたんだ。それに確かちはるって……教科委員だよね。たまに準備室に行く機会があるはず」


いつになく喋る天野さんに僕は見惚れていた。立花先生が突然口を挟む。

「……鍵がかかっていることは知っていたはずだ、ということか」

天野さんは立花先生に向き直って頷いた。

「そうです。それなのに、入れないことがわかっているところにちはるは調べに行った。それに、またおかしいなと思ったのは、屋上。昼休みの。串刺しにされた人形は、昨日までと同じような安そうなやつだった。でも今朝のは違ってた」


「安そうなやつって……」

思わず僕の心の声が出てしまう。天野さんも弓削さんも立花先生も黙ってしまった。しまった、空気を読めなかった。立花先生が少しして咳払いをし、話を進めた。

「確かに、それは俺もおかしいと思っていた。今までの人形と全く違うと。……弓削? 」


 ふと見ると、弓削さんの様子が変だ。視線は中空の一点を見つめ、真っ白い顔色のまま小刻みに震えている。その震えはだんだん大きくなっていった。そして、二言、三言ぼそぼそと何かを呟いた。

「ち、……がうの。あ……れは、……だって、……行け……って」

そう言って弓削さんはガリガリと頭を掻き毟る。細い髪の毛が何本か周りに踊る。天野さんはその様子を、透徹した眼差しっでじっと見ていた。


「誰かに頼まれた、と言いたいのか? 」

最初に口火を切ったのは立花先生だった。弓削さんはまだ頭を掻き毟っている。

「だって……仇を取らないか、協力するって……そう言ってた。自分はうちの学校の生徒だって」

ぽつりぽつりと弓削さんは呟いた。

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