第10話 魔女狩り(4)

 それまでのドールは女生徒を模した服を着た人形に割り箸やシャープペンシルなどが刺さっているという、穏やかではないにしろ比較的シンプルでイタズラじみたものであったが、その日のは違った。


 髪は狂気じみたざんばらにカットされ、服もところどころぐしゃぐしゃに破り取られ、ご丁寧に血糊のような赤マジックでグロテスクなメイクが施されていた。腹に刺さっていたのは手術用のメスだ。気の毒な第一発見者となった女生徒はあまりのショックに壮絶な悲鳴を校内中に響かせて失神した。……そう、怪談と同じように。そのせいもあり、この出来事はあっという間に学校中に知れ渡ることになった。

 

 元々怖がりな僕は、朝のホームルームでその話を聞き、イタズラ半分でクラスメートが見せてきた写真を見ただけで体調を崩してしまった。よって、二時間目からは保健室のベッドに居た。心臓の鼓動がいつもより早くなっているのを感じながら、とんでもないことに首を突っ込んでしまった、と呆然と天井を眺める。

 

 コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。心拍数がまたひとつ上がる。冬の昼とはいえ、保健室には今僕以外誰もいない。息を潜めて扉を凝視した。

 

 静かに扉が少しずつ開く。不気味なガラガラ音と共に現れたのは立花先生だった。 

「大丈夫か? 済まない、こんなことになるなんて」

優しい声でベッドカーテンを半分閉めながら声をかけてきた。

「魔女狩り……イタズラにしてはやり過ぎだ。一体犯人は何を考えているんだろうな。今のところ君には何の異常もないようだけど、巻き込んでしまった。本当に申し訳ない」

指でこめかみを押さえながらそう謝辞を続ける。


「いえ、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけなんで……」

僕は弱々しく返事をした。

「こんなことをしてしまう人物は心に何か問題を抱えている。必ず犯人を捕まえなくてはいけない。そこで……悪いんだが……」

立花先生は辛そうな様子で僕を見た。

「わかってます。今朝のことですね。協力します」

まだクラクラする頭を奮い立たせて僕は早朝の張り込みで見たままを伝えた。


 

 「警備員、宿直の佐野先生、運動部の三人、あとは校長先生方の車と弓削、天野、津田か……。助かった。警備員にも裏を取ってみるよ。俺の方は、昨夜は零時まで見回りを続けたけど、収穫なしだった」

悔しそうに立花先生が呟いた。少し逡巡したかと思うと、

「もう一つ。実は、君には話しておくべきかもしれないと思って来たんだ。魔女の怪談の詳細。いいかな」

と問いかける。僕は訳もわからず頷いた。その様子を見て立花先生は話し始めた。

 

「魔女が日本を建国した。魔女が邪教を蔓延させて人心を混乱に落とした。十三世紀に魔女が一度この国を滅ぼした……そんな魔女伝承が日本全国で残っているが、それを差し置いてもこの街にやたら魔女の噂があることは知ってるな?


 魔女に狙われた男が身に覚えのない濡れ衣を着せられて投獄された、だの、魔女が人を殺す度に中央教会の屋根の十字架が一本増える、だの。この学校にもオカルトじみた怪談話が十以上ある。聞いたことはあるかい? 」


「父や姉から、少しは……」

真面目な顔で語り始めた立花先生に少し気圧されながら、僕は答えた。立花先生は頷くと

「そのほとんどは眉唾だ。だけども、今回学校を騒がせている魔女狩りの怪談。これだけは実は……本当の話なんだ」

その発言に僕は生唾を飲み込んだ。ぞくりと冷たい感触が背中を走る。


「俺は今年で十一年この学校に勤めているのだが、まだ新人だった頃に先輩から聞いた話だ。ちょうど俺が赴任する一年前、あの怪談に記されたままのことが起きた。ある日体にコンパスが刺さった人形が教室に吊るされていた。その日以降、毎日一体ずつ串刺しの人形が増えていった。そしてその一週間後、ある女生徒が自宅のマンションから飛び降りて亡くなった。その女生徒は心を病んでいるような様子は全くなかったから、一時期職員室は騒然としたらしい」


僕は聞いていられなくなってきたので思わず遮った。

「……そんなばかなこと、ある訳ないですよ。先生、先輩にからかわれたんじゃないですか!? 」


先生はため息をつき、しばらく考え込んだ。そしてまた話し始める。

「証拠がある。見たいか? もしかしたら君も巻き込まれてしまうかもしれない。無理は言わない」

その言葉には静かな迫力があった。人一倍怖がりだと自覚している僕は、普段なら絶対に聞かない、と答えただろう。だが、なぜかこの時、僕はそれを聞かなければならないと思っていた。


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