第9話 魔女狩り(3)
明くる朝、僕はいつにも増して早起きして学校の近くの校門の影から校舎を伺っていた。これは先生から託されたミッションだった。昨晩、僕が手伝いを承諾すると、立花先生は朝の見張りを依頼してきた。
「防犯カメラの録画を全て見てみたんだが、怪しい人物は写っていなかった。つまり、まあ、学校の誰かの仕業だよ。本当は夜通し見張るくらいがいいんだけど、まあ、そこまで実害が出ているものじゃないし。夜は俺が見回るから、早朝ちょっと早起きして、学校に入っていく人をメモしておいてくれないか? 」
それが立花先生の依頼内容だった。朝四時に目覚ましをかけていそいそと登校する僕を、仕事の追い込みで朝まで原稿を書いていた父は、驚きと感動の入り交じった顔で見送った。
校門前の朝五時。冬の冷たい風が頬を容赦なく吹き付ける。当然ながらまだ門は閉まったままだった。そのまま三十分は待っただろうか。警備の男性が来て、閉じた門の鍵を開けた。その後また三十分ほどして、宿直の先生が校舎から出てきて、校門の前を履き始めた。十分後、運動部と思しきジャージ姿の生徒が三人一緒に登校した。
思わず目でどこに行くか追うと、部室棟の方に消えていった。複数犯? もちろんその可能性は否定できないが……そんなことをもやもやと考えていると、その後校長や先生が乗った車が校門から入っていった。立花先生のグレーのセダンはまだ登校していないようだ。その後も野球部のユニフォーム姿の部員がちらほらと登校してきていた。
時計を見ると、ちょうど七時過ぎだ。さすがに寒空の下で二時間立ちっぱなしは辛くなってきたので、近くのコンビニに行こうと振り向く。するとだし抜けに背後から話しかけられた。
「何してるの? 」
ふり返ると、黒のコートに長いキリン?の首が描かれたマフラーを巻いた天野さんが目前にいた。驚き過ぎて思わず背筋が伸びる。
「や、やあ……おはよう」
ぎこちなくも挨拶すると、
「おはよう! で、来栖くんは何してるの? 」
と好奇心いっぱいの顔を近づけてきた。全く話を逸らせる気がない。そして近い。近すぎる。
「え、と、は、犯人探し……」
彼女はそれを聞いて目を見開いた。
「おおー。それはあれだね、魔女狩りのいたずらの」
驚くほど食い付きが良かった。普段全く喋らないのに。ヒラリとキリンの首をはためかせる。こんな意味不明なキャラものなのにやたら似合っている。
「ということは、やはり。君は犯人じゃないんだね」
と、探偵のように顎を指で触る。
「……うん。あ、天野さんこそなんかテンション違うね。怖くないの? 」
そう聞くと、
「怖いのは嫌い。でも謎は気になるよね」
と子供のように笑った。だがすぐ真顔に戻り、
「ちはる達と校門前で待ち合わせてるんだ。じゃあね」
と言ってすっと横を通り過ぎていく。
唖然としていると彼女の姿はどんどん小さくなっていき、校門の前でちょこんと止まった。マフラーに埋まった細い髪がゆらゆらと冬の風に揺れていた。そのまま微動だにせず十五分くらいは経っただろうか。弓削さんが友達と二人で姿を現し、天野さんと合流して校門の奥に消えていった。その後は登校時間のピークを迎え、どんどん人が増えていた。僕はふうと溜息をつき、教室に向かった。
その日、結局やはり事件は続いていた。職員室隣の地歴準備室に一体、貼り付けられていた。その一体以外はどこにも見つからなかった。怪談では日毎数が増えていくというあらすじだったため、教室内でもオカルト好きの向きは落胆したようであったが、その一体の様は異様なものだった。
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